9「ステラ様とお会いしました」③




「いやぁあああああああああああ! おろして! おろしてぇぇええええええええええええっ!」


 抱き抱えられたまま城よりも上空にたどり着いたステラは、涙を浮かべて大声をあげる。

 無理もない。飛翔魔法を使えない人間には、こんな上空にたどり着くことはできないのだから。

 しかも、サムに抱き抱えられている状況であるため、自由がない。

 万が一、落ちたらと思うと、叫ばずにいられないのだろう。

 そんなステラの叫びを無視して、サムは声をかける。


「ほら、ステラ様。目を開けて見てください」

「無理です! 無理です!」

「いいから、ほら。今まで見たことのない世界が広がっていますよ」

「え? ……あ」


 サムの言葉に興味を惹かれたのか、ゆっくり目を開いたステラの動きが止まる。

 ふたりの視界いっぱいに広がるのは、王都の街並みと、どこまでも広がる地平線だった。


「いい景色でしょう。嫌なことがあると、こうやって空から遠くを見たくなるんです」


 普段見ることのできない光景に目を奪われているステラに、サムは続けた。


「あなたの気持ちを全部わかるなんて傲慢なこと言いません。苦労も、嫌なこともたくさんあったでしょう。ご両親のために頑張ることもとてもいいことだと思います。ですが、あなたは愛されているんです」

「……そのくらいわかっています。でも」

「なら、もういいじゃないですか。噂話と悪口しか言えない誰かに認めてもらう必要なんてありませんよ。言いたい奴には言わせておけばいいんです。見てください、この広い世界を。この世界には、あなたを悪く言う人間だけじゃない。味方だってたくさんいるはずです」

「…………」

「俺も、かつてはあなたのように狭い世界に引きこもっていました。家から逃げ出したくてどうしようもないのに、できなかった。扉は空いているのに、自由に外に出られるのに、俺はできなかった」


 ステラがサムの顔を覗き、問う。


「それであなたはどうしたのですか?」

「出ましたよ。だからこそ、ここにいます。恩人とも呼べるよくしてくれた人たちと離れてしまうのは寂しかったけど、あの家で腐ってしまうことに比べたら……飛び出して正解でした」


 かつての自分を思い出す。

 異世界に転生したものの、家庭環境は最悪だった。

 ダフネやデリックがいなければ、どうなっていただろうかと思う。

 そんな息苦しい世界から飛び出したおかげで、ウルと出会えた。

 魔法を学び、戦闘を学び、広い世界を回って、愛も知った。

 すべては、一歩を踏み出したからだ。


「わたくしは……あなたのような勇気なんてありません」

「ステラ様にも勇気はあると思いますよ」

「わたくしにも?」

「ええ、だって、周囲の悪意に負けず、立ち向かっていたじゃないですか。まあ、その方法が少々間違っていた気もしないわけじゃありませんが、あなたは立ち向かう選択をした。それは、勇気ある行動です」

「……そうかしら」

「もちろんです。もう一度、目の前に広がる世界を見てください」


 ステラは改めて、視界に広がる世界を見る。

 今度は叫ぶことなく、その景色に瞳を奪われているようだった。


「この世界はとても広いです。同じように、ステラ様の世界だって広いはずです。部屋の中に閉じこもって勉強するのもいいですが、もっと広い世界でたくさんのことを経験して幸せになりましょう。あなたの勇気を、多くのことに向けましょう」

「わたくしが幸せに?」

「はい。いつだって親は子供の幸せを願っています。それは国王様だって同じです。あなたは心から愛してくださるご両親と、ほとんど顔を合わせない貴族のどちらが大切なんですか?」

「両親に決まっているわ!」

「なら、雑音は無視してしまえばいいんです。せっかく世界は広く、楽しいことが多いんですから。もっと肩の力を抜いて、前に向かっていきましょうよ」


 かつて自分がそうしたように、ステラにも広い世界を見て欲しい。

 ウルが導いてくれたことを、少しでもステラにしてあげたいと思った。


「――そう、ね。そうかもしれないわね」


 ステラはサムに顔を向けた。

 彼女の表情はどこか、すっきりしたように見えた。

 閉じこもっていた王女が微笑む。


「ねえ、わたくしには楽しいことがどんなことかわからないわ。あなた、サムと言いましたよね?」

「はい。サミュエル・シャイトです。サムとお呼びください」

「じゃあ、サム。わたくしに責任を持って楽しいことを教えてくれる?」

「もちろんです」


 どこか昔の自分と似たステラが前に向いてくれるのなら、手助けしたい。

 サムは迷わず肯いた。

 すると、ステラは満足そうに何度も頷き、今日一番の笑顔を向けた。


「うん。わかったわ。わたくし、あなたと結婚してあげてもいいわよ」

「――んん? ――あ」


(しまったぁあああああああ! 昔の俺に似ていたからいろいろ言っちゃったけど、気に入られてどうするんだよぉ! 俺のばかぁあああああああああ!)



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