8「ステラ様とお会いしました」②




「……そうか。最近は勉強量が増えたと聞いたが、なにかあったのか?」

「――い、いえ、なにもございません。わたくしの未熟を補うために勉強しているだけです」

「余から見て、ステラはよく頑張っている。いや、むしろ、頑張りすぎているように見える。余はそなたが身体を壊してしまうのではないかと不安でならぬ」


 娘を案じる父の言葉を、ステラは嬉しそうに受け止め微笑んだ。


「ご心配くださりありがとうございます。ですが、わたくしは大丈夫です。もっともっと勉強し、誰からも王女だと認めてもらえるように努力します」


 サムには彼女の笑みが、どこか作りもののように思えてしまう。


「……そうか」

「あの、ところで父上。本日はどのようなご用件でわたくしに会いに来てくださったのでしょうか?」

「ああ、そうだった。ステラに紹介したい人間がおるのだ」

「わたくしにですか? そちらの少年でしょうか?」

「そうだ。サム」


 父と娘の会話を見守っていたサムが名を呼ばれ、慌てて膝をつき挨拶をした。


「えっと、お初にお目にかかります。サミュエル・シャイトと申します」

「はじめまして。わたくしはステラ・アイル・スカイと申します。どうぞよろしくお願いしますね」


 ステラは優しげな微笑をサムに向けてくれた。

 想像していたよりも、ずっと人当たりがいいように思える。

 どうやら、引きこもっているのは勉強をするためであり、世間が嫌になってしまったからではないようだ。


「ステラ」

「はい」

「サムは、そなたの結婚相手だ」

「――っ」

「今日はそなたと顔を合わせさせるために連れてきた」


 サムが結婚相手だと言われた瞬間、大きくステラの体が跳ねた。

 まるで恐れていたことが起きてしまったのだとばかりに、怯えたような反応だった。

 彼女の顔を見ると、いつの間にか微笑は消えてしまっている。

 今にも泣きそうに、でも泣いてたまるかと唇を噛んでいるように見えた。


「……それは、わたくしを王家から追放するという意味でしょうか?」

「追放? なにを言っている?」


 娘の言葉の意味が理解できず、困惑する国王。

 ステラは、震えながら大声を出した。


「レイチェルから聞きました! わたくしを疎ましく思っている父上が、どこかの貴族にわたくしを嫁がせると! その相手が、この子なのでしょう!」

「……レイチェルめ。どこからそんな馬鹿げた噂を拾ってきたのだ。落ち着くのだ、ステラ。それは誤解だ。確かにそなたを嫁がせたいと考えていたが、疎ましく思っているわけではない。そなたのことを愛しているからこそ、王宮から出して自由にしてあげたいのだ」

「ですが、わたくしは王女です! まだ王女としてなにもしていません!」

「こんな部屋の中に引きこもって勉強するだけが王女らしいって言うんですか?」

「――っ!」


(あ、やべ。つい口を挟んじゃった。関わらないようにしてたのに)


 ステラが、国王の話を聞いているようで聞いていないのにイライラしていた。

 おそらくレイチェル王女から吹き込まれたことを先入観として持っているため、父の言葉をありのまま受け入れることができないのだろうが、娘を案ずる国王の気持ちを知っているだけに、まるで伝わっていなことに腹が立つ。


「なぜ、あなたにそんなことを言われなければならないのですかっ!」

「ちゃんと国王様のお話を聞きましょうよ。国王様は俺にも、ステラ様のことを愛していると仰っていました。なのに、あなたは頑なに国王様の言葉を信じようとしていない」

「わたくしは――」

「そもそも王女であることを認めるとか認めないとか意味がわからないです。あなたは王女じゃないですか」


 サムは立ち上がって、真っ直ぐステラを見据える。

 彼女はサムの視線を受け止め、言葉を続ける。


「わたくしは不義の子だと周囲に思われています! この髪のせいで!」

「知っています」

「そんな心ない方々の言葉に、わたくしが――いいえ、母上や父上がどれだけ嫌な思いをしたか! ですから、わたくしは誰からも王女だと、敬愛する両親の本当の娘だと認められなければならないのです!」

「くだらねー」

「な、なんですって!?」


 国王の前だろうが、相手が王女だろうが、もう我慢の限界だった。

 ステラの髪が白いせいで不義の子と疑われ、不快な思いをしたことは同情する。

 暇な貴族の話のネタにされていることも、かわいそうだと思う。

 だが、


「他ならぬご両親があなたのことを娘として認め、愛しているのに、どうしてあなたは周りの声を気にしているんですか?」

「あなたになにがわかるのです! 生まれてからずっと、不義の子だと言われ続けてきたわたくしの気持ちが!」


 親に愛されていながら、娘だと認められているのに、周囲の声ばかり気にしているステラのことが気に入らない。

 まるで、かつて家から逃げたいのに、逃げることもできずうじうじとしていた自分を見ているようだった。


「いや、わかりませんよ。でも、あなたが意固地になっているのはわかりますよ。実にくだらない」

「――この!」


 ステラの張り手が飛んできた。

 が、か細い手がサムに届く前に、たやすく掴むことができた。


「離しなさい! 不敬ですよ!」

「国王様、少し失礼してもよろしいですか? 危ないことはしないとお約束しますから」

「あ、ああ、構わぬ」


 クライドは突然の展開に驚きながらも、承諾してくれた。

 おそらく困惑が大きいのだろうが、サムには好都合だ。


「では失礼して」


 サムはステラの腕を掴んだまま、窓際に移動すると、窓を開け放つ。

 そして、彼女をお姫様抱っこした。


「なっ、この! やめなさい! なにをしようというのですか!」

「こんな部屋の中にいてばかりいるから息が詰まって、くだらないことばかり考えるんです。もっと広い世界を見ましょう」

「なにを言って、え? え? ちょっと、待ちなさい、やめ――」


 ステラを抱き抱えたまま、サムは窓に足をかけた。


「じゃあ、行きますよ」

「や、やめ、きゃぁああああああああああああああああああ!」


 そのまま大きく空を目掛けて飛んだのだった。




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