2「国王様のお話です」①
「よく来てくれた、サミュエルよ」
「国王様、ご無沙汰しております」
身支度を整え王宮に向かったサムは、近衛兵に謁見の間ではなく、王宮内にある一室に通された。
きらびやかな装飾と、いかにも高そうな花瓶と絵画が飾られており、今、こうして座っているソファーも上質な物だった。
おそらく各国の要人と会うための部屋なのだろう。
そんな部屋の居心地はあまりよくはない。
なんせスカイ王国国王であるクライド・アイル・スカイと一対一で向かい合っているのだから。
「先日は、アルバートとの決闘、そして灼熱竜殿との一件ご苦労だった」
「いいえすべきことをしただけです」
白い衣服で身なりを統一し、青みのかかった銀髪が靡く頭に王冠を乗せたクライドは、どこか疲れた顔をしているように見えた。
厳しそうな表情も、先日見た時よりも覇気がないようだった。
「もっと早くそなたに会いたかったのだが、事後処理が多くてのう。その後の顛末は、ウォーカー伯爵から聞いているか?」
「だいたいはお聞きしています」
「ふむ。では改めて余からも伝えておこう。新しく処理したこともあるのでな」
クライドの言葉に、サムは「お願いします」と頷いた。
「まず、そなたのおかげで国の危機は去った。灼熱竜殿は、我が国の所有していた山脈を謝罪と今後の友好として受け取ってくれたのでな。あの方が、我々を敵視することは今のところないだろう」
「子竜たちに大事がなかったからこそです。俺もほっとしています」
「余も同感だ。サミュエルよ、そなたが灼熱竜殿と戦い、会話を試みてくれたおかげだ。心より感謝している」
「もったいないお言葉です。国のためでしたし、それに、灼熱竜も被害者でしたから」
国王自らサムに頭を下げて礼を言ってくれることに驚いたが、ここは素直に受けておく。
王の誠意を無駄にするのは、逆に不敬になると思ったからだ。
顔を上げたクライドは、苦々しい顔をしていた。
「うむ。灼熱竜殿には本当に悪いことをしたと思っている。まさか、アルバートやゴードン侯爵たちが、魔物と幻想種の違法売買をしているとは思わんなんだ」
端正な顔を歪ませて、嘆息する国王。
サムもこれには苦笑いだ。
決闘で倒した相手が、違法売買に手を染めて好き勝手やっていたなど想像していなかった。
やはり宮廷魔法使いにもスカイ王国最強も相応しくない男だった。
「あのあと、関係者の屋敷を調べさせたところ、出るわ出るわ……言い逃れのできない証拠の山が。しかも、スカイ王国の民を他国に売ってもいた。その被害の数はあまりにも多かった」
「――なんてことを」
「現在、民を取り戻すために調査団を編成し、救出するように動かせている。全員は無理かもしれないが、せめて誰に売られたのかわかっている者たちだけでも助けることができればいいのだが」
まさか人までを売買されているとは予想外だった。
だが、魔物はおろか竜までを違法に売り飛ばそうとしている輩が、人間を商品にしないわけがない。
スカイ王国では奴隷制度はあるが、あくまでも正規の契約があってこそだ。
違法に人間を売り買いすることは認められていない。
「ゴードン侯爵家をはじめ、当事者である貴族たちは皆死刑とした。すでに半分の人間が刑を執行されている。家も取り潰すか、当主を挿げ替えることに決め、当事者たちの家族は国外への追放とした」
「妥当だと思います。灼熱竜に国を焼き尽くされることを考えたら、むしろ温情があるでしょう」
聞けば、ゴードン侯爵家の大半が違法売買に関わっていたという。
命令だから仕方がなかったという声もあったらしいが、調べると、口止め料をしっかりもらい金遣いの荒い生活をしていた使用人がほとんどだった。
ゴードン夫人も、夫がやったと喚いていたが、使用人たちの証言から積極的に売買に関わり、知己のコレクターを紹介するなどしていたようだ。
また、気性の粗かったゴードン夫人は、捕らえていた人間に暴力を振るうことを日常にしていたようで、情状酌量なく刑に処された。
すでに夫人もこの世にはいない。
アルバート・フレイジュの両親や兄弟、親族も責任を取らされる形で刑罰を受けていた。
父親は死罪。母親たち残りの親族も、国外追放がほとんどだ。
アルバートの屋敷からも、違法に捕らえた人間が多く見つかり、虐待を受けていたと証言を得た。
すでに死んでいるアルバートを罰することができなかったため、家族がその罪を支払ったのだ。
他にもふたりに協力していた貴族、商家が取り潰しとなり、関わっていた人間は厳しい処罰となった。
「やりすぎだ、という声もないわけではない。だが、灼熱竜殿の怒りを買った人間をこの国に置いておきたくなかった。また馬鹿なことをしでかす可能性もないわけではないのでな」
「おっしゃる通りです」
「そのおかげで、余と敵対していた貴族派を潰すとまではできないが、勢力を大きく削ることができた。これでしばらく大人しいだろう」
国を危機に晒した人間たちを処罰することで、貴族派は壊滅寸前とのことらしい。
疲れた顔をしている国王も、どこか満足気味だ。
「そなたが貴族派の最大戦力だったアルバートを亡き者にしてくれたおかげで、奴らは抵抗すらできずに、勢力を失ったのだ。サミュエルよ、そなたに感謝している」
本格的な勢力争いをしてしまうと、最悪の場合は内戦になる可能性もあったらしい。
しかし、貴族派はアルバートという王国最強の魔法使いを失った。
そして、アルバートを屠ったサムは、王族派のウォーカー伯爵家の預かりだ。
仮に内戦を起こして戦えば、結果がどうなるか考えるまでもなかったのだろう。
そもそも、アルバートが存命だったとしても、国を割って戦うほどの覚悟が貴族派にあったとは思えなかったようだが、万が一を想定していたらしい。
結局のところ、貴族派の連中は権力と力を盾に好き勝手するだけの人間の集まりでしかなかったようだ。
「これで一通りのことを伝えたか、いや、まだあったな。そなた以外の宮廷魔法使いの処遇についても伝えておこう」
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