48「リーゼ様の決意と俺の気持ちです」③
木蓮のおかげで灼熱竜との戦いで負った傷が全快したサムは、寝る前の軽いストレッチと、魔力とスキルの訓練を終えると、風呂に入りベッドにいた。
お風呂では、子竜の一体が気持ちよさそうに湯船を陣取っていたのだが、サムを見つけると嬉しそうにきゅるきゅると鳴いて浴槽にくるように促された。
断る理由もなかったので、一緒に湯に浸かり、お湯のかけ合いっこをして遊んだりもした。
子竜は人間に酷い目に遭わされたにも関わらず、実に人懐っこかった。
会話のできるアリシアはもちろん、サムをはじめウォーカー伯爵家の面々とすぐに馴染んだ。
最初はおっかなびっくりだった使用人たちも、かわいい子竜たちを今では可愛がっている。
サムにとっても子竜たちは実にかわいい。まるで弟か妹のようだ。
サムにはかわいくない弟しかいなかったので、子竜たちがよりいっそうかわいらしく映る。
明日も遊んであげよう、そんなことを考えながらベッドの中に潜ろうとした。
すると、扉が小さくノックされる。
「サム、起きている?」
「リーゼ様? はい、起きていますよ、どうぞ」
ノックの主はリーゼだったが、驚きはしない。
彼女が時間帯を気にせず部屋を訪ねてくるのはいつものことだ。
「お邪魔するわね」
「はい。お茶でもいれます――リーゼ、様?」
リーゼのためにお茶の支度をしようとしたサムは、驚きのあまり目を見開いた。
いつも寝巻きにカーディガンを羽織る格好で部屋を訪れるリーゼなのに、今日はなぜか薄いネグリジェ姿だった。
部屋の明かりに照らされて、彼女の肌とショーツがはっきりと見えてしまい、サムはとっさに目を逸らした。
「ごめんなさい、急に。もう寝るところだった?」
「い、いえ、のんびりしていたので。あの、ところで、なにか用事でも?」
緊張しながらサムは尋ねた。
リーゼがいつもの姿だったら、こんなことを尋ねることはせず、きっと楽しい会話が始まっていただろう。
だが、そんな雰囲気ではない。
(リーゼ様からいつもと違う香水の香りがするのは俺の気のせい? ていうか、どうしてそんなスケスケな格好で!?)
極力リーゼに視線を向けないようにしているが、鼻腔をくすぐる甘い香りと、彼女の吐息が耳に届き、どぎまぎしてしまう。
(――リーゼ様の雰囲気がいつもと違いすぎる!)
普段のリーゼは、明るく快活で、どこかいたずらっぽいところもありながら、根は優しく繊細な太陽のような女性だ。だが、今のリーゼはまるで月のように正反対だった。どこか色気を纏い、誘惑するような雰囲気さえ持っている。
なにが起きているんだ、と叫びたくなる衝動をぐっと飲み込んで、なにも動じていないように無理やり振る舞おうとするサムの隣りに、そっとリーゼが腰をおろし、肩を寄せてきた。
「――っ」
彼女の体温が伝わり、緊張が高まってしまった。
(俺だって男なんだぞ!?)
リーゼとは師弟であり姉弟のような関係だが、魅力的な彼女を女性として意識しないのは難しい。
生唾を飲み込みながらそっと彼女に視線を向けてしまう。
無駄なく鍛えられたすらりとした肢体は美しいの一言だった。
健康的な肌にうっすら汗が滲んでいるのがわかる。
彼女が隣で息を吐く度に、甘い香りがする気がして、胸の高まりを抑えられない。
(思えば、リーゼ様に告白されてから初めてちゃんと会った気がする)
告白されてからずっとリーゼのことばかり考えていた。
彼女のことを思い浮かべるだけで、訓練もまともに手がつかなかった。
ひとりの女性が、こんなにも脳裏から離れないのはウル以外初めてだった。
そんなリーゼはいつもの快活さが嘘のように大人しく、隣りでじっとしているだけ。
無言な彼女がなにを考えているのかわからず、二重の意味で緊張してきた。
なにか言わないと、と言葉を探しているサムの手に、リーゼがそっと自らの手を重ねてくる。
「――っ、リーゼ様」
反射的に彼女の顔を見てしまう。
目が合った。
リーゼの瞳は潤み、頬は朱に染まっている。
改めて、美しい女性だと思い知らされた気がした。
リーゼの魅力に目を奪われているサムに、薄い口紅を引いた整った唇がそっと開く。
「サム」
「は、はい」
緊張を隠せなくなったサムに、リーゼは告げた。
「あなたのことを心から愛しているわ」
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