36「竜たちがウォーカー伯爵家に来ました」①




「まあまあ竜ですわ! すごいですわ! わたくし、竜の出てくる物語はたくさん読んできましたが、こうしてお会いできるのは初めてですわ! 感激ですわ!」


 灼熱竜と子供たちがウォーカー伯爵家に到着すると、意外なことに、いつも大人しいアリシアが歓喜の声をあげて子竜に抱きついた。


「――アリシア!?」


 これには父ジョナサンをはじめ、母グレイス、姉リーゼ、妹エリカ、そしてサムも目を丸くして驚いてしまった。

 灼熱竜と互角に戦ったサムはさておき、竜を敬いながらも恐れているジョナサンたちは、三女の言動をどう止めればいいのか迷い、結局なにもできずに硬直している。


 ウォーカー伯爵家の面々は、竜の子供にも緊張し、体を強張らせているのだが、どうやらアリシアは違うようだ。

 純粋に、物語の中に登場していた竜が目の前にいることに喜びと興奮しかないらしい。

 そして、驚くべきことに、竜の子供たちはアリシアに抱きつかれたことを嫌がる様子もなく、むしろ彼女に頭を擦りつけてきゅるきゅると喉を鳴らしている。


 その光景に、サムをはじめ皆が驚愕した。

 それは子供たちの母親である灼熱竜も同じのようで、目を見開き、感心したように頷いていた。


「――驚いたな。あの娘は我が子たちと会話ができるのか」

「へ? どういうこと?」

「つまり、いや、あの娘たちをよく見てみろ」


 灼熱竜に言われ、サムはアリシアと子竜をじっと見つめる。


「まあまあそうでしたの。アルバート様は本当に嫌な方でしたわね。でも、サム様はとてもお優しい方ですので、安心してもいいですわよ。え? ご存知ですの? ふふふ、そうですよね」

「きゅーん、きゅーん」

「あらあら、うふふ」

「なんか会話してるぅうううううううううう!」


 サムが絶叫し、ウォーカー伯爵は胃を押さえてその場に膝をついた。


「あ、あの、アリシア様?」

「どうかなさいましたか、サム様?」


 恐る恐る声をかけると、満面の笑みでアリシアが振り返る。

 どうやら彼女は竜の子供たちと意思疎通をしていることをなにも疑問に思っていないようだ。


「竜の子供たちと会話ができるんですか?」

「あら、そういえば……なぜか言葉がわかるみたいですわ」

「そんな簡単に」

「わたくし、ずっと物語で竜のお話を読んでいましたの。だからこんなにかわいい子竜さんたちとお話ができて幸せですわ」

「それはよかったです――いえ、そうじゃなくてですね、なぜ会話ができるのかが不思議なんですけど」

「待つのだ、サムよ」


 質問を繰り返すサムに、灼熱竜が待ったをかける。


「はい?」

「我が子たちが楽しくあの娘と話をしているのだ。水を差すな」

「この親バカ!」

「なんだと!? 我が子がかわいくてなにが悪い! それに、貴様が案じなくとも、娘が会話ができる理由はわかっている」

「そうなの?」

「あの娘は、竜だけではなく人語を話せない動物などとも会話ができる体質なのだろう。今までそんな機会がなかったゆえ、貴様たちが気づかなかっただけだ」


 体質、と簡単に言われてしまった。

 サムは未だ驚いたまま固まっているジョナサンやリーゼたちに視線を向けるが、彼らは知らなかったとばかりに首を横に振った。


「そんな体質の人がいるのか?」

「昔は珍しくなかったがな。今は珍しいかもしれぬ」

「昔ってどのくらい前だよ?」

「千年ほど前だ」

「…………いや、昔過ぎだろ」

「さほど驚くことではない。我ら竜も歳を重ねれば人語を操る。我が子たちもあと数年すれば人語はもちろん、人化することだってできよう」


 灼熱竜はなんでもないように言うが、サムが知る限り人以外と会話できる人間は少ない。

 ときおり、魔物を支配下にして操る魔物使いなる人間はいるが、それでもアリシアのようにはっきりと会話できた入りしない。


(アリシア様すげー)


 唖然としているサムたちを置いてきぼりにして、アリシアは竜の子供たちと楽しそうに交流を深め続けるのだった。



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