28「まさかの展開です」①




「待て、本当に待ってくれ! 子供ってどういうことだ?」

「しらばっくれるなっ! 貴様の国の人間が我が子たちを攫ったのはわかっている!」


 サムの問いかけに、激昂しながらも応えた赤竜に目眩を覚えた。


「……意味がわからない、俺の知らないところでなにが起きているんだ?」


 まるで心当たりがない。

 この一週間、アルバートと戦うこと――は、あまり考えていなかったが、決闘とその後についていろいろ思考を巡らせていたサムに、まさか竜の子供がこの国の誰かに誘拐される大事件が起きるなど予想もしていなかった。


 竜は天災と恐れられているが、未成熟な幼生体ならば強さも大きく劣っている。

 そのため、収集癖のある好事家や、竜の血や肉が不老不死の薬になると信じて疑わない人間が手に入れようと影で躍起になっていると聞いたことがある。

 だが、それは竜の怒りを買うことであるため、竜の幼生体への手出しは大陸法で禁止されている。


 王族でさえ、破れば死罪になることは珍しくない。

 それだけ竜とは恐ろしいのだ。


(本当に竜の子供を攫った馬鹿がいるのか? そんなことをすれば、親が怒るに決まっているじゃないか!)


 実際、竜の怒りは痛いほど思い知った。

 竜が戦いの最中、一歩たりとも引かなかったのは、すべて子供のためならと理解できる。


(国王様はまずご存じないだろう。本当に竜の来襲理由に心当たりがなさそうだった。あれが演技のはずがない。だとすれば……竜が勘違いしているのか、もしくはスカイ王国の誰かが本当に竜の子供を攫ったのか、だ)


「一応聞いておくけど、なにかの間違いってことはないんだな?」

「ふざけたことを申すなっ!」


 サムの言葉がよほど気に入らなかったのか、鉤爪を露わにして襲いかかってくる。

 とっさに水神拳で応戦する。

 爪がサムの腹部をえぐるが、それ以上の力を込めて竜の顔面を殴り飛ばした。

 竜は大きく吹き飛び、地面を転がっていく。


「言い方が悪かった、すまない。だが、こっちだって訳がわからないんだ! 子供が攫われたことを疑うつもりはないけど、本当に王都にいるのか? 証拠は?」

「我が子の居場所がわからぬとでも思ったのか! 貴様たちが王都と呼ぶ街から、我が子たちの声が届いている!」

「――ちくしょうっ! 本当にいるのかよ!」


 竜は身を起こし、怨嗟のこもった眼でサムを、そして遠い背後にある王都を睨む。


「アルバートという男を出せ! 我が子を奪った、アルバート・フレイジュを、我に差し出せっ!」

「――は? え? は? はぁああああああああああああああああああああ!?」


 サムは耳を疑った。

 そもそも竜がちゃんと人語を発することができているのかさえ疑問に思った。


「ま、待て、待って、本当に待って! アルバート・フレイジュって言ったの、今!?」

「そうだ。子供たちからの念話で、確かにその名を聞いた。我が食料を調達している間に、子供たちを痛めつけ攫った人間のひとりがアルバート・フレイジュという名前だと知っている。その人間が、貴様の国の宮廷魔法使いなる地位にいることもな」

「なにやってんだよ、あのやろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 宮廷魔法使いの地位も、最強の座も相応しくない男だと思っていたが、正真正銘の屑だったことが今、判明した。

 なにをどう考えれば、竜を敵に回すリスクを晒して、竜の子供を誘拐したのだろうか。

 まるで理解できない。


 実際、この通り、我が子を攫われた竜が怒り狂ってスカイ王国に乗り込んできた。

 しかも、アルバートが死んだあとに、だ。

 タイミングが悪すぎる。

 これでは、アルバートを彼女に差し出すこともできない。


「こんなことを言うのは今さらかもしれないが、話をしよう」

「――ならぬ! 奴の首を差し出し、我が子たちを返せ! さもなくば貴様たちの国を焦土と変えてやろう!」

「だから話を聞いてくれって言ってるだろ!」


 サムは叫んだ後に、水神拳を解除し、高めていた魔力を霧散させた。

 これ以上、戦う気はないということを示したのだ。

 竜が怪訝そうな顔をする。


「なんのつもりだ?」

「聞いてくれ、アルバート・フレイジュはいない」

「ふざけるな! 我が子たちの言葉を我が聞き違えたとでも申すのか!」

「ああ、もう! そうじゃないんだよ! アルバートはいたけど、もういないんだ!」

「なにを言っている!」

「俺がさっき殺したばかりなんだよっ!」

「……なんだと?」


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