5「シナトラ家に着きました」①




 馬車に揺られて、王都の郊外にある大きな屋敷に到着した。


「ここがウルの師匠の屋敷か」


 サムは、御者に礼を言って馬車を降りる。

 すると、少し寂れた屋敷の前で、女性が立っていることに気づいた。

 女性はリーゼと同じくらいの年齢だった。

 背筋を伸ばした姿勢がよく、青い髪を顎の辺りで切りそろえた凛とした美女だった。

 彼女はサムに向かい、頭を下げる。


「お待ちしていました。ようこそ、シナトラ家に」

「サミュエル・シャイトです。突然の訪問を申し訳ありません」


 サムが挨拶をすると、女性は顔を上げ微笑んだ。


「いいえ、ウォーカー伯爵様とリーゼからご連絡をもらっていますから、お気になさらないでください。それに、ウル様のお弟子様なら父も喜ぶでしょう」

「そうであればいいのですが」

「きっと喜びます。さっそく父のもとに案内します。あっ、自己紹介が遅れてしまいました。私はデライト・シナトラの娘、フランチェスカ・シナトラです。父やウル様のような才能はありませんが、一応魔法使いです」


 女性――フランチェスカが魔法使いであることは一目見たときから気づいていた。

 彼女の魔力は高い。

 それなりに魔力量のあるエリカよりも上だと思われる。

 なによりも、彼女のひとつひとつの動きが洗練されており、相応の実力を持った人間の動きだと察することができた。


(さすがウルの師匠の娘さんだってことかな?)


「フランチェスカ様は」

「どうかフランとお呼びください。親しい者は皆そう呼びますので」

「えっと、はい。じゃあ俺のこともサムと呼んでください」

「わかりました。サム様」

「いえ、あの、サムと呼び捨ててください。それに敬語もやめてくださると助かります。俺の方が年下ですし、フランチェスカ様は伯爵家のご令嬢ですし」


 年齢も立場も上の人に畏れられるのは苦手だ。

 きっとフランチェスカも、本来、このような態度をとるような人ではない。

 リーゼに似た雰囲気を持つ彼女からそんなことを思う。

 その予想が当たったのか、フランチェスカは目尻を緩めた。


「ふふ。じゃあ、サムくんと呼ばせてもらうわね。サムくんもフランと呼んでほしいわ」

「はい、フラン様」


 フランチェスカ――フランの言葉が砕けたことにほっとする。

 彼女の笑顔に釣られ、サムも頬を緩めてしまう。

 フランからは、どことなく人好きのするような雰囲気があった。


「じゃあ、父のところに案内するわね。その、もしかしたら嫌な思いをするかもしれないけど、ごめんなさい」

「えっと」


 突然の謝罪に、サムが戸惑う。


「父はウル様の訃報を聞いてからずっと飲んでばかり……お酒の量もいつもより増えてしまっているの」

「……それだけ悲しんでいるのでしょう」


 ウルの訃報はすでに伝わっているようだ。


「ウル様をとてもかわいがっていたもの……娘の私が嫉妬するほどね。だから、きっとお亡くなりになったことを受け入れられないのね」

「気持ちは、わかります」


 サムだって、まだウルの死を乗り越えたわけではない。

 ときどき、ウルがひょっこり現れて「冗談でした!」と言ってくれるのではないかと思うことだってある。

 リーゼたち家族だって、ウルの死を受け入れているかもしれないが、乗り越えてはいないはずだ。

 先日、出会ったばかりのギュンターなどは、死さえ受け入れられずにいた。


 ウルをかわいがっていた師匠が、愛弟子の訃報を聞いて落ち込まないはずがない。

 死を受け入れがたいことだって理解できる。


「でも、それは甘えだわ」


 しかし、デライトの娘は、父に厳しかった。


「まだ幼いサムくんだってウル様の死を受け入れて、こうして前を向いているのに……我が父ながら恥ずかしいわ」

「俺はウルからたくさんの思い出をもらいましたから」

「……いい子ね」


 サムの言葉に、フランは目を細めて頭を撫でてくれた。

 少し照れ臭く思いながら、サムはフランの手を拒まなかった。

 どことなく、ウォーカー伯爵家の人たちと同じ雰囲気を持っていたからだ。


「あ、ごめんなさい。つい」

「いいえ、気にしてません」

「私ってひとりっこだったから、つい、弟がいたらサムくんみたいなのかなって」

「フラン様みたいな姉がいれば俺も嬉しいです」

「あら、お世辞が上手ね。ふふふ、リーゼも君のことを弟のようにかわいがっていると聞いているけど、ちょっと羨ましいわ」


 そんなやりとりをしながら、サムはフランによってシナトラ家の中へ招かれる。


「ごめんなさい、つい話し込んじゃったわ。あまりお客さんが来ないから、ちょっとはしゃいじゃったみたい。そろそろ父のところに案内するわね。さ、こっちよ」


 フランに手招きをされたサムは、ウルの師匠の屋敷に足を踏み入れたのだった。



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