2「ウルの師匠の話を聞きました」②




「――っ!? ウルの師匠が王国最強なんですか?」

「落ち着きなさい、サム。デライト殿は、元スカイ王国最強の魔法使いだ。今は違う」

「元、ですか?」


 最強という言葉に、感情的になってしまったサムをジョナサンが嗜める。


「数年前、現宮廷魔法使い第二席のアルバート・フレイジュに敗北して最強の座を降りられてしまったんだ」

「なるほど。じゃあ、今の王国最強はアルバートって人なんですね。てっきりウルかと思っていました」


 約五年。ウルのそばで彼女の強さを見てきたサムにとって、彼女よりも強い魔法使いがいることが信じられなかった。

 ウルの師であるデライトならまだ理解の範疇だが、別の人間だと言われてしまうと正直、戸惑いを隠せない。

 サムの発言にジョナサンが苦笑して告げた。


「身内贔屓になってしまうが、ウルの方がアルバートよりも強かったと思う。が、あの子は素行のよくないアルバートを嫌い、関わらないようにしていたんだ。それを奴は、逃げた、と判断していたようだがね」

「あの、失礼ですが、旦那様はあまりアルバートって宮廷魔法使いをお好きではないのですか?」


 サムはジョナサンの態度に疑問を抱いていた。

 ウルの師匠のデライトはもちろん、現役宮廷魔法使いのギュンターでさえ、一定の敬意を込めているように感じた。

 ギュンターの場合は、もっと親しいようだが、それは娘の幼なじみゆえだろう。

 だが、アルバートの名を出すときだけ、若干の険を言葉に感じたのだ。


「すまないね、態度に出てしまったようだ。はっきりいって私はアルバートが嫌いだ」


 意外だった。

 自分のようなどこの馬の骨ともわからない男を、受け入れ親切にしてくれるジョナサンが、はっきりと嫌いだというのだ。


(アルバートってどんな奴なんだろう?)


「敵対派閥に所属しているのもそうだが、奴は弱者をいたぶる悪癖がある。宮廷魔法使いであることを笠に、裏ではやりたい放題だ。ああいう男を好きにはなれないね」

「王宮は注意しないんですか?」

「一応だが、してはいる。国王陛下から直接注意を受けたので、表向きは大人しくしているが……」

「裏ではあまり変わらない、ですか」

「後ろ盾の貴族たちが守っているのだよ」

「話を少し聞いただけで、俺もそいつが嫌いになりました」


 サムの言葉にジョナサンが苦笑いを浮かべた。

 サムにとっても一番嫌いなタイプだ。

 力を誇示するために弱者をいたぶるなど、本当の強者がすることではない。


(魔法の実力はあるのかもしれないけど、人間として小物だな)


 そんな人間が最強を名乗っているのが不愉快だった。


「ところで、アルバートを倒せば俺が一番を名乗ってもいいんでしょうか?」

「……言うと思っていたよ。アルバート自身がデライト殿を倒して最強を名乗っているから、君が奴を倒せば名乗ってもいいだろうね。ただ、奴が戦いに応じるかどうかは別だがね」

「それは楽しみです。あれ、そう言えば第一席の方は?」

「ああ、宮廷魔法使い第一席の木蓮殿は国一番の回復魔法使いだ。あの方は、戦うことなどしないよ。治すことだけに特化したお方だからね」

「へえ。そんな方がいるんですね」


 実に興味深い。

 魔法自体使える人間は少ないが、回復魔法を使える魔法使いはもっと少ない。

 サムも初歩的なものを少しぐらいなら使える程度であり、ウルなどはまったく使えなかった。

 そんな回復魔法に特化し、さらに宮廷魔法使い第一席にいる木蓮という魔法使いに自然と興味が湧いてくる。


「木蓮殿は誰の敵にもならない。常に、傷ついた人を癒すことだけを考えている立派なお方だ。一応、釘を差しておくが、会うことがあっても敬意を払い、失礼のないようにな」

「俺だって、やたら滅多に喧嘩を売ったりしませんよ」

「……そうだとわかっているのだが、君はなにかと揉め事に愛されているようだからね。エリカの件もギュンターの件も、君が悪くないとわかっているのだが、なにかと続くからね」

「あ、あははは、申し訳ありません。ですが、ギュンターに関しては完全に俺は被害者です」


 あの変態を思い出し、サムは頬を引きつらせる。

 ウルの婚約者を自称していたと思えば、次は自分の妻になるとか言い出したのだ。

 お前、男だから婿だろ、と思ったが、嫌な予感がしたので口にすることはなかった。

 リーゼとエリカが最終的に止めてくれるまで、全裸の変態に追いかけられた悪夢はしばらく忘れられそうもない。


「酷いな、サム。それだと僕だけが悪いみたいじゃないか」


 そんなことを言って現れたのは、バスローブ姿のギュンターだった。

 髪がしっとりと濡れ、整った容姿と相まって艶やかに見える。

 サムたちのように、彼の本性を知る人間でなければ、ギュンターに目を奪われていただろう。


「――いや、あんたが完全に悪いだろ。ていうか、旦那様のお屋敷をバスローブ姿で勝手に歩いてるんじゃないよ」

「ふふふ、ウォーカー伯爵家は僕にとってもうひとつの実家のようなものだからね。おじさま、いいお湯でした。相変わらず、ウォーカー伯爵家の浴室はいいですね。かつてウルリーケが使い、今はサムが使っていると思うととても興奮するね」

「……相変わらずだな、君は」

「……もうやだ、この変態」


 変態一直線のギュンターにサムは辟易し、ジョナサンは引きつった顔をする。

 父とサムの会話を見守っていた姉妹も、あからさまに嫌そうな顔をするのだった。

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