48「決闘です」③
「な、なんだこれはっ! くそっ、離せ! おいっ、貴様! 魔法が使えたなんて卑怯だぞっ!」
ゴーレムの腕に捕まえられながら、必死にもがき唾を飛ばすドルガナをサムが睨む。
「エリカ様に不意打ちをしておいて、よく俺を卑怯だなんて言えるな」
「僕は貴族だぞ! 僕がルールなんだ!」
「たかが子爵家程度が偉そうに」
「なんだとっ!」
よほど子爵ということが自慢なのだろう。
サムの言い放った「子爵家程度」という言葉に、顔を真っ赤にしてドルガナが激昂する。
「怒るのは勝手だけど、いいのか?」
「なに?」
サムが自らの握る手に力を込めると、巨腕が三人を潰さんとする。
「ぐぁあああああああああああああああっ!? やめっ、やめろっ、いたいっ、いたいぃいいいいいっ!?」
「きゃぁああああああああああああっ!」
「ああああああああああっっ!」
ドルガナはもちろん、彼の従者たちも一緒に絶叫を上げた。
ミシミシと三人の体が潰されんと軋む音が聞こえてくる。
涙とよだれを無様に流しながら、ドルガナたちはただ叫ぶことしかできない。
このままでは、待っているのは明確な――死。
彼らの顔が痛みだけではなく恐怖に怯え出したのを確認すると、サムは魔力を止め、巨腕の圧を緩めた。
「さあ、選ばせてやるよ」
一時的に痛みから解放され、全身で息をする少年少女にサムが告げる。
「降伏して奴隷になるか? それとも、このまま握り潰されるか?」
サムの問いかけに、従者のふたりは返事をする気力さえないようだがドルガナだけは違った。
「馬鹿な! なぜ僕が、奴隷になど!」
まだ抵抗できることに少し感心する。
どうやら傲慢な態度と同じくらい体が頑丈らしい。
それとも、ただ鈍いだけかのどちらかだろう。
(手も足も出ない状況でよく吠えるな。よほど根性があるのか、いや、きっと状況が把握できない馬鹿なんだろうな)
「お前、馬鹿だろ? この決闘は、勝者が敗者を奴隷にするルールだろ? お前らが負けたら、奴隷になるのはお前たちに決まっているじゃないか」
サムの言葉に、ドルガナが弾かれたように立ち合い人を見た。
「正式な書面でサインされているので、この決定は例えこの国の国王様でも変えることはできません」
立会人の言葉に、ドルガナの顔が真っ青になる。
(ま、もともと反則負けなんだけどな)
どうやら立会人は、ルール違反をしたドルガナたちがサムによって敗北しようとしている状況を見て、あえて決闘を止めずに最後までやらせてくれるようだ。
ありがたい。
ドルガナのようなわがまま貴族を相手にしているのだ。
最後まで決着をつけないとあとでうるさいに決まっている。
なによりも向こうが喧嘩を売ってきたのだから、しっかり後悔してもらわなければサムの気もすまない。
「な、なら降伏などしない! 絶対にだ!」
「なら、死ねよ」
サムは再びゴーレムの巨腕に力を込めた。
「ぎゃぁああああああああああああああああっ!?」
みっともない悲鳴が周囲に木霊する。
最初こそ子供の喧嘩を眺めてやろうとしていた観衆たちも、サムの実力とドルガナを苦しめる容赦無い責めに声を失って、ただ見ているだけだ。
「や、やめっ、貴様ぁっ! 貴族をっ、僕をっ、殺すつもりかぁあああああああああああああああっ!?」
「意外と余裕があるな、まだそんなにお喋りができるのか」
「貴族をっ、殺してっ、無事ですむとぉ、思うなよっ!」
「あのな……そもそもお前が最初に死んでも後悔するなって言ったじゃないか。どんな根拠があって自分なら殺されないって思っていたんだ?」
さらに締め付けを強くした。
ギシギシと巨腕が三人の体を締め上げていく。
そして、ごきりっ、と耳障りな鈍い音がした。
「ぎゃぁあああああああああああああああああああああああああっ!?」
絶叫したのはドルガナだった。
「腕がぁ、僕の腕がぁぁああああ!?」
「最後通告だ。降伏するか、死ぬか、選べ」
腕を折られて悲鳴をあげるドルガナに、サムは淡々と言い放った。
もしここでドルガナが降伏することを拒否するのであれば、一切の躊躇いを見せず殺すつもりだ。
最愛の師匠の大切な家族への蛮行は、死んで償うべきだと本気で思っている。
それだけのことをこいつらはエリカにしたのだ。
二度、尋ねるつもりはなかった。
返事をしないドルガナたちを殺さんと魔力をゴーレムに流そうとする。
が、
「ま、待ってくれ! まいった! 僕の負けでいい! だから頼む! 殺さないでくれ!」
涙と鼻水を垂らしながらドルガナが情けなく叫んだ。
腕を折られ、逃げることも敵わず、そしてサムが本気で自分のことを殺すつもりだとわかったのだろう。
サムは立会人と視線を合わせると、頷いた。
「そ、それまで! サミュエル・シャイトの勝利!」
一方的な結果となった決闘の終わりを、立会人が告げた。
刹那、静寂を守っていた観衆たちが、サムの勝利を讃えんと沸き上がったのだった。
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