46「決闘です」①
ギルドの外へ出たサムとエリカは、観衆に囲まれながら貴族の少年たちと睨み合っていた。
(参ったな。まさか決闘になるなんて、いつになったらダンジョンに潜れるのかな)
決闘に意気込むエリカたちを尻目に、サムは内心ため息をついていた。
言い方は悪いが、子供の喧嘩に巻き込まれた気分だ。
いや、実際そうだろう。
前世から数えたらサムのほうが年上だ。
成人しているとはいえ十代半ばの少年少女の決闘など、高校生の喧嘩くらいにしか思えなかった。
「わかっていると思うが、正式な決闘である以上、死んでも恨むなよ」
「それはこっちの台詞よ!」
今にも唸り声を上げそうなエリカに、サムの頭痛が増していく。
魔法使い以前に、こうも挑発に弱いと心配になる。
モンスターは挑発してくることはないかもしれないが、今回のように人間相手だと別だ。
挑発はもちろん、人質を取ることや、もっと卑怯な手を取ることがある。
エリカのようにいちいちムキになって相手にしていたらキリがないし、命の危険だってある。
(注意しても……聞いてくれそうもないなぁ)
怒りを抱えて戦うな、などと言うつもりはない。
ときには怒りが力になることもあることはサムもよく知っている。
だが、安い挑発に乗って、視野を狭めては危険だ。
怒りながらも、心は冷静にしなければならない。
とはいえ、頭に血が上っている今のエリカにそれを言っても聞き受けてはくれないだろう。
エリカからしてみたらサムは成人さえしていない子供だ。
いくら彼女が敬愛する姉の弟子であったとしても、そのことを認めないこともあって、注意すればするほど逆効果になりそうで怖いので、結局サムは黙っていることにした。
その間にも、エリカとドルガナの睨み合いは続いている。
「小汚いダンジョンに挑むなど面倒だと思ったが、思いがけず質の良い奴隷が手に入りそうだ」
いやらしく笑うドルガナは、すでに勝った気でいるらしい。
(この貴族のお坊ちゃんはどうしてあんなに自信満々なんだ? かなりの使い手……には見えないんだけどなぁ)
立ち振る舞いが素人にしか見えない。
魔力もあまり感じない。
従者の少年少女も、立ち振る舞いこそ少し武芸を齧ったと思われるが、魔力は持っていないようだ。
(はっきり言って――弱いだろ、こいつら)
まさか、弱いフリをしているとは思えない。
サムの見る目が確かなら、三人を相手にしてもエリカ一人で勝てるだろう。
ただし、エリカが冷静に戦えれば、だが。
「エリカといったな」
「気安くあたしの名前を呼ばないでくれる?」
「はははっ、その気の強いところが実にいいぞ。屈服させるのが今から楽しみだ」
「おえっ、趣味悪っ」
「まずは、貴様のご主人様となる僕の名前を覚えてくといい。僕は、ドルガナ・ランズグリーだ! ランズグリー子爵家の長男だ!」
「あ、そう」
「いいぞいいぞ、その強気な態度がいつまで続くか見ものだな! あとで奴隷が嫌だと泣き叫んでも、遅いからな!」
胸を張り、子爵家であることを自慢げに名乗るドルガナ。
だからなに、と言わんばかりの態度のエリカ。
実際、エリカのほうが伯爵家で爵位が高いので、お家自慢をされても特に思うことはないのだろう。
(エリカ様のご実家の方が爵位が上なんだけどな、伯爵家だし)
いっそ教えてやりたかったが、エリカは家名を名乗ることはしないようだ。
彼女はあくまでも、ひとりのエリカとしてこの場に立っている。
サムもエリカの意を汲んで余計なことは言わない。
(でもなぁ、ウォーカー伯爵家の四女だって言えば、こいつらがビビって終わりの気がするんだけど)
そうしたらそうしたで面倒なことが起きそうな予感もしないわけではないが、さっさと決闘騒ぎが片付いてダンジョンに挑めるならそれでもいい。
サムが腕を組んでため息をついている間に、話は進んでいく。
「そっちこそ死んでも後悔しないようにね」
「――はっ、笑わせるな! ロイド! リジー!」
「はっ」
「はい!」
ドルガナは背後に控えていた少年少女に声を荒らげた。
背筋を伸ばして返事をするふたりに、子爵家の少年が命令する。
「僕に恥をかかすなよ。お前たちのすべきことはわかっているな?」
「もちろんです」
「ドルガナ様のお心のままに」
「わかっていればいい」
向こうは従者と意思疎通ができているようだ。
サムはエリカに近づき、そっと声をかける。
「あの、エリカ様」
「なによ」
「一応、俺たちも作戦とか立てておいたほうがいいんじゃないでしょうか?」
「……あんたと協力するつもりはないわ」
「えっと、なぜですか?」
「あたしはあんたを認めていないもの。そもそも、あんたにどれほどの実力があるのかだってわからないわ。そんなあんたと作戦なんて立てたって無駄でしょ」
(……だと思った。一応、言ってみただけだどさ)
「じゃあ、どうするんですか?」
サムの問いかけに、ふんっ、とエリカが鼻を鳴らす。
「あたしがあいつらをまとめて倒すから、あんたは邪魔にならないように見ていなさい」
「……わかりました」
少々、物言いには腹が立ったが、彼女の言っていることも間違ってはいない。
エリカがサムの実力を知らないように、サムも彼女の力がどれほどのものなのかわからない。
そんな中、協力しろと言われても、難しいのは確かだった。
サムも同じ立場なら、エリカ同様ひとりで戦うことを選択しただろう。
しかし、この状況下でそれをさせるほどサムは馬鹿ではない。
エリカの実力をサムが知らない以上、あまり強そうではないドルガナたちが相手でも敗北する可能性がある。
そうなれば奴隷落ちしてしまう。
ウルの家族をそんな目に遭わせるわけにはいかないのだ。
「エリカ様」
「さっきからなによ!」
「協力しないのは構いませんが、ならせめて俺ひとりに戦わせてくれませんか?」
「あんたねぇ。成人してもいない子供の後ろに、あたしに隠れていろっていうの!?」
「い、いえ、そういうわけじゃ」
「あたしはそんな恥知らずじゃないわ! 見てなさい! あいつらを完膚なきまで叩きのめしてあげるから!」
(はぁ……やっぱり俺には戦わせてくれないのか。これ以上言っても聞いてくれないだろうし、見守ることにしよう。最悪、――三人まとめて殺してしまえばいい)
亡き最愛の師匠の家族が危険な目に遭うくらいなら、有象無象の命を奪うことに抵抗を覚えない。
せいぜい傲慢な行いをしたことを死んでからあの世で悔やめばいい。
物騒な決意をしたサムの心中など知らずに、エリカとドルガナの決闘が始まろうとしていた。
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