45「貴族と揉めました」②




「ちょ、エリカ様! 待ってください! なにもエリカ様が間に入らなくても!」

「うっさい! あたしはああいう甘ったれた男が嫌いなのよ!」

「……でしょうね」


 少年たちに苛立った表情を浮かべるエリカを落ち着かせようと手を伸ばすが、彼女に払われてしまった。

 勝気なところがあるエリカは、正義感も強い。

 よくも悪くも真っ直ぐな人柄の彼女が、横柄な態度を取る少年たちを無視できるはずがない。

 しかたがなく、サムもエリカの後に続いた。


「ちょっと、あんたたち!」

「なんだ、貴様は! 関係ない奴は引っ込んでいろ!」


 あからさまに不愉快そうな態度を浮かべ、声を張り上げるドルガナにエリカは一歩も引くことなく同じくらい大きな声を出す。


「あんたたち迷惑なのよ。みんなちゃんと並んでいるのに、あんたは順番も守れないの?」

「なんだと!」

「ちょっと、やめましょうよ、エリカ様。こんなのに関わったっていいことありませんって」

「嫌よ! あたしはこういう自分がたいしたこともないのに偉そうにしている奴が大嫌いなのよ!」

「気持ちはわかりますけど、こんなのと揉めたって時間の無駄ですって!」


 貴族の息子だろうと、平民だろうと、ルールを守れない人間を相手にするのは面倒だ。

 とくに気性の強いエリカが関われば、問題がこじれそうなのも手に取るようにわかる。

 実際、ドルガナと名乗った子爵家の少年は、明確な怒りを浮かべてエリカを睨んでいた。


「貴様……ランズグリー子爵家を馬鹿にするのか!」

「あんたを馬鹿にしてんのよ! でも、そうね。子供の教育もちゃんとできていない家なんて、程度が知れているわね」

「――っ、貴様!」


 激昂する少年が腕を振り上げた。

 サムは慌ててエリカの前に立ち塞がる。

 が、少年の腕が振り下ろされることはなかった。


(――ん?)


 動きを止めたドルガナが値踏みするようにエリカに視線を向けていることに気づく。

 視線はどんどんいやらしいものになり、最後にはエリカを舐め回すようになった。


「――ほう。平民にしてはまあまあな見た目じゃないか」


 にやり、とドルガナがいやらしく笑った。


「――っ、なによ!」


 視線に気づいたエリカが身を震わせて、サムの背中に隠れる。

 ドルガナはなにか思いついたように笑みを深めると、サムの存在を無視してエリカに向かって唇を歪ませた。


「貴様に決闘を申し込む」

「え?」

「は?」


 エリカとサムはそろって間の抜けた声をあげた。

 なぜ激昂していた少年が、突然冷静になって決闘を申し込んできたのか理解ができなかったのだ。

 言葉を失っているサムたちに、畳み掛けるようにドルガナが続ける。


「そっちから喧嘩を売ってきたんだ。まさか、逃げ出そうとはしないだろうな?」

「――っ、この! 誰が逃げ出すもんですか! 受けて立つわ! 決闘でもなんでもしてやるわよ!」


 安い挑発にあっさりエリカが乗ってしまったので、サムは頭が痛くなった。

 これ以上の揉め事に発展しないように割って入る。


「エリカ様! なんでそんな簡単に安い挑発に乗っちゃうんですか! もっと落ち着いてから」

「うるさい!」

「エリカ様!」

「うるさいって言ってるでしょ! 売られた喧嘩は全部買うって決めてるのよ!」

「どんな決意ですか、それ!」


 頭に血が上っているのか、エリカはサムに視線を向けることなくドルガナを睨んでいる。

 サムは嘆息すると、最悪、力づくでもこの場から逃げ出そうとした。

 ドルガナのような輩とエリカではつくづく相性が悪そうだ。

 さらに、挑発に乗ってしまったエリカに対し、ドルガナは何か企んでいるのか余裕を持っているように見える。

 先ほどまで見せていた、怒りの表情は今の彼にはない。

 それが気味悪かった。


「やかましい従者だな……いいだろう、そんなに主人が心配なら貴様も決闘に参加させてやる」

「ちょっとなにを勝手に」

「だが、それでは平等ではないな。こちらの従者たちも戦いに参加させてもらおう」


 ドルガナの背後に控えるのは、エリカとそう歳の変わらない少年と少女だった。

 ふたりは主人の言う通り戦うつもりなのだろう。

 主人の背後から一歩前に出てきた。


「ちょっと! そっちは三人で、こっちは二人なの!?」


 気づけば三対二の不利な決闘をすることになってしまったエリカが抗議の声をあげたが、


「そっちが喧嘩を売ってきたんだから、これくらいしてもらわないとな。それとも臆したか?」

「誰が貧相な従者を相手に!」

「ならば構わないな?」

「構わないわよっ!」


(もう駄目だ。このお嬢様、本当に反射神経だけで会話してる。止めようがないや)


 サムはもうエリカを止めることは諦めた。


「よし、いいだろう。では、決闘だ! 僕が勝ったら、貴様を奴隷にしてやる!」

「は? ちょっと、そんなことをさせるわけに」

「あんたは黙ってなさい! いいわ、できるものならやってみなさい!」


 突然、言い放たれた「奴隷」宣言に、サムが苦言しようとするも、味方であるはずのエリカに遮られてしまった。


「あーもうっ! エリカ様はもう喋らないでください! こんな馬鹿げた決闘を真面目に受けてどうするんですか!」

「あんたには関係ないでしょ! あたしが受けた決闘なんだから!」

「言っておくが、そっちの従者などいらないが奴隷にするときは一緒に奴隷にしてやるからな!」

「ほら! 俺まで巻き込まれてるじゃないですか! ていうか、負けた方が奴隷とかいつの時代の決闘ですか!」

「知らないわよ! 勝てばいいのよ、勝てば!」

「ちょっとは後先考えましょうよ!」


 サムが悲鳴を上げるが、エリカは止まらない。

 あれよあれよという間に、冒険者ギルドを介した正式な決闘がとんとん拍子に決まってしまった。

 サムとエリカは、敗者が奴隷になる条件で決闘に挑むことになってしまったのだった。

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