44「貴族と揉めました」①
サムとエリカは、言葉を交わすことなく受付の順番を待っていた。
まだ十人ほど前に並んでいるので、ダンジョンに挑むのはもう少し時間がかかりそうだった。
(――気まずいなぁ。早く、ダンジョンの中に入れたらちょっとは変わるのかもしれないけど、先が長そうだ)
サムが見る限り、冒険者たちは誰もが荷物を多めに背負っている。
おそらくダンジョン内で数日過ごすのだろう。
(そういえば、俺たちはどのくらいダンジョンに時間を掛けれるのかな?)
ダンジョンに向かったことはリーゼが知っているので、伯爵家のみんなにも伝わっていると思う。
しかし、ダンジョン攻略に何日かけるのか伝えていない。
そもそもサムもエリカに連れてこられた身なので、不確かなことが多いのだ。
アイテムボックスにはテントをはじめとした野外の準備が入っている。
食料はもちろん、水などもしっかり蓄えてあるので一週間くらいは余裕だ。
だが、エリカは学生だ。
ダンジョン攻略のせいで学業が疎かになってしまうのはサムも望んでいない。
(下層部に到達しないとエリカ様には認めてもらえないみたいだけど、何日かかるのかもわからない。事前にもっと調べることができれば、予定を立てることができたんだけど……いまさらか)
勢いだけでこの場にいるので、下準備ができなかったのは無理もない。
サムも、あまり抵抗しなかったし、ダンジョンに挑むと聞いて乗り気になってしまったので、エリカだけを責めることはできなかった。
サムがそんなことを考えていると、ギルドの中に少年少女三人組が入ってきた。
身なりからして、貴族だ。
少年がふたり、少女がひとりの組み合わせで、あまり冒険者らしくない。
金髪を短く刈り込んだ体格の良い少年が大きな荷物を担ぎ、青い髪を伸ばしてポニーテールにした少女は細身の長剣を腰にさしている。
そして、ふたりより一歩前を歩く、少々ふくよかな少年は、冒険者を一瞥すると鼻を鳴らした。
三人は、列に並ぶことなく、カウンターに直進する。
(ダンジョンに挑むわけじゃないのかな?)
サムが列に並ばない少年たちを眺めていると、三人は先頭に割り込んでしまった。
「……申し訳ございませんが、順番にお並びください」
ギルド受付嬢が困った顔をして少年たちに声をかけると、先頭の少年の顔が明らかに歪んだ。
「なんだと? このランズグリー子爵家の長男であるドルガナ・ランズグリーに、薄汚い冒険者と同じ扱いを受けろと言うのか!」
「規則ですので」
(うわー。こってこての典型的な嫌な貴族のお坊ちゃんだなぁ。受付の人もすごく嫌そうな顔をしてるし)
傲慢な貴族を見ると、実家を思い浮かべてしまう。
ドルガナと名乗った少年の物言いは、腹違いの弟のマニオンを彷彿とさせた。
「ほう。この僕に盾つくとは良い度胸だ。パパに言ってギルドを首にしてやる! 名を名乗れ!」
サムは吹き出しそうになるのを必死で堪えた。
まさかここで「パパ」の権力を振りかざすとは、本当に典型的な馬鹿貴族だと思えて逆におもしろい。
なによりも、「今の台詞、きまった」みたいにドヤ顔している少年が、サムのツボにハマってしまい、口を押さえていないと大笑いしそうだった。
今まで、傲慢な貴族を見たことがないわけではないが、もっと侯爵や公爵などの爵位が高い人たちだったため、子爵家程度で威張っている少年を見ると小物臭くて笑える。
とはいえ、どちらかというと傲慢な貴族は爵位の低い貴族に多い傾向がある。
とくに成り上がりの貴族などはそうだ。
代表例を挙げると、サムの実家であるラインバッハ男爵家などまさにそれだ。
(ていうか、子爵程度の貴族が冒険者ギルドをどうこうできる権力があるとは思えないんだけどね)
ここ、はじまりのダンジョンでは国と冒険者ギルドが協力関係にあるようだが、基本的に冒険者ギルドは独立した組織である。
そのため、貴族などの権力は通じないことが多い。
もちろん、王家や公爵家くらいになると、例外もあるが、基本的に貴族だからといって冒険者ギルドが態度を変えることはない。
そんなことをしてしまえば、冒険者ギルドの価値がなくなってしまうからだ。
貴族からの依頼、貴族との協力関係は普通にあるが、理由のない上から押し付けるような命令に冒険者ギルドが従うはずがないのだ。
(見ていておもしろいけど、そろそろ誰かが止めないと面倒だし、時間がこれ以上かかるのも嫌だな)
列に並んでいる冒険者たちも、貴族のお坊ちゃんに目をつけられたくないのか受付嬢に対応を任せっきりで見ているだけだった。
明らかに権力を振りかざしているような子供をわざわざ相手にしたくないという気持ちはサムにも理解できた。
が、そろそろダンジョンに挑みたい。
(俺が間に入っても、火に油かもしれないけど放置もできないしね)
サムはまだ成人していない子供だ。
そんな子供に注意されたら、わがままそうな子爵家の少年の怒りに火を注ぐだけの可能性もある。
しかし、放置するのも嫌だった。
サムが、嘆息し、声をかけようとする。
「ちょっと、やめなさいよ!」
だが、サムよりも早く、声を張り上げた少女がいた。
エリカ・ウォーカーだった。
「え、エリカ様?」
サムは目を見開き、少女を見た。
エリカは明らかに怒っているという表情を浮かべ、受付で騒ぐ少年たちに向かって歩き出したのだった。
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