第42話 貴族としての生活
ヴァイスの葬送の儀で起こった現象を体感したその場にいる誰もが、ウルスラを特別な者だと認識した。
それは浄化の為に集められた魔術師達もだ。
浄化の魔法を使えるようになる為に、魔術師達は過酷な鍛練をこなしてきた。何度も挫折を繰り返し心を強くし、そして少しずつ少しずつ力をつけて術を覚えて手にしてきた。
そうなってからも葬送の儀に参列出来る者は限られており、その競争率は高かった。
そうやってやっとの思いで浄化の魔法を使えるようになり、選ばれてこの場に立つ事が出来て、こうやって葬送の儀で本領を発揮できるのは誉れであり称えられる事であった。
その神聖なる儀式を中断され、奪われ、魔術師が憤るのは当然の事であった。
だが、誰もがそんな気持ちにはならなかった。
穏やかに暖かい感情が胸を埋め尽くして、プライドとか嫉妬とか怒りとか、そういった感情は何処かへ消えて無くなったように感じられたのだ。
それは魔術師達だけでなく、その場にいた全ての者たちがそう感じた。
王からは何の説明もなく葬送の儀は終了した。しかし、誰もが黒髪の少女が特別な存在である事を認識した。
その時のウルスラは鍔のないベールの帽子を被っており顔は見えない状態だったけれど、美しく艶やかな黒髪を見ればそれは噂の慈愛の女神の生まれ変わりなのだと、誰もがそう結論付けたのだ。
その後、応接室でフェルディナンとブルクハルト、ウルスラの3人で話し合いの場が持たれた。今後の事についてだ。
「ウルスラ嬢、今日の葬送の儀、心から感謝を申し上げる。ヴァイスは神の力で天へ還れた事、礼を尽くしても足りぬ程ぞ」
「いえ、そんなのは……全然です」
「我が娘ながらに驚いたよ。ウルスラ、お前は素晴らしい力の持ち主だったのだな」
「それは……まだ自分でもよく分からない、です」
「フューリズに力を奪われておったと聞く。本来の力を得て、戸惑うのも仕方ないよのう。少しずつその力を自分のものとするが良い」
「はい……」
「して……考えていただけたかな?」
「え?」
「我が息子である、ルーファスとの婚姻の事だ」
「あ……は、い……その……」
「陛下、ウルスラはルーファス殿下との事、前向きに捉えておるようです。ただ、まだお目通りも叶っていない状態で早急に答えを出せずにいるのでございます。心情、お察し頂ければと……」
「そうか、確かにそうであるな。分かった。ではルーファスが戻り次第顔合わせとしよう。それで良いか、ウルスラ嬢?」
「はい」
「それと……淑女としての嗜みも覚えてゆかんとのう?」
「しゅくじょ? たしなみ?」
「多くは望まぬ。ウルスラ嬢の存在だけでも有り余る程なのだが……せめて言葉遣いはのう……適切な講師をつけよう。構わぬか?」
「あ、はい……」
「ウルスラ、大丈夫だよ。私も出来る限りサポートしよう。よろしいでしょうか? 陛下」
「ウルスラ嬢の力になってやると良い。一人では不安に感じる事も多かろう」
「ありがとうございます」
王族や貴族の淑女としての教育は、本来であれば幼い頃から生活の一部として教えられていくものである。もちろんウルスラにそんな事は出来る筈もない。ただ話すだけにしても、これでも話せている方で、自分では一体何がいけないのかさっぱり分かっていない。
そんな状態から王妃として教育しなおすというのは、時間も根気もかかる。そんな負荷をウルスラに与えることに躊躇したが、最低限の教養は必要だと思い直して、フェルディナンはそう告げたのだ。
現在ウルスラには、王城の客室の一部屋を与えられている。
「狭くて申し訳ないな」
と、フェルディナンは言うけれど、今までの部屋に比べると雲泥の差だ。
自分がこんな所にいて良いのかと思ってしまう。
目に映るもの全てが綺麗で、触れる事すら戸惑ってしまう。
壊したらどうしよう……と思いながら、大人しくそっと動く事しかできなくて、落ち着かない状態だった。
ウルスラがここに来てからというもの、湯浴みで丁寧に洗われ、ドレスは一日に何度か着替えさせられ、髪は結われ化粧を施され、食事は豪華な物を用意され、お姫様にでもなったかのような扱いをされている。
戸惑う自分にブルクハルトは、
「これが当然だったんだよ。不満があれば何でも言って良いからね」
ってニコニコ笑いながら言うし、
「何かしたい事やして欲しい事はないかな?」
って聞いてくる。
何が何だか分かっていないのに、要求する事は何も無くて、ただウルスラは首を横に振るしかなかった。
今までは一日中する事が多くて、自分の時間は殆どない状態だったから、こうして何もしなくて良い時間が多いと途端にどうして良いのか分からなくなる。
ソファーに一人こじんまりと座ってどうしようか考えていると、ふと書棚に本があるのに気がついた。
久々に見る本に嬉しくなって、それからは時間が許される限り本を読んだ。
ウルスラに付くことになった侍女達は、大人しく物静かなウルスラに物足りなさを感じていた。
これまではフューリズに付かせていた侍女達で、フューリズは何をしても機嫌が悪くなる事が多く、皆緊張しながら完璧な対応をしていたが、ウルスラに変わってからと言うもの、怒られる事は何もなく、何かすれば一つ一つの事に感謝の言葉が返ってくる。
そして絶えず笑いかけてくれるのだ。
その微笑みは美しく、全てが許されるような感覚になり、侍女達はウルスラの世話をしたくて、挙って何か出来ないかとやって来るようになった。
しかし、ウルスラの要求は殆どなく、何かさせて頂きたくとも出来ない、あの笑顔がもっと見たいのに叶わないもどかしさで身悶えるのであった。
そんな事とは露知らず、ウルスラは一人読書に耽る。そこにあったのは哲学書や医療書等専門的な書物が多く、それでも本を読める事だけでもウルスラには贅沢で、そしてルーファスと勉強した日々を思い出せる貴重な時間だったのだ。
侍女はいつも本を読んでいるウルスラに、ここには図書室がある事を伝えた。その時のウルスラの満面の笑みは破壊級に美しく、その場で侍女は卒倒してしまった程だった。
その存在全てが美しく朗らかで、絶えず見続けていたい、話しかけて欲しい、笑顔を向けて欲しいと、ウルスラに関わった者達が皆そう思ったのだった。
フェルディナンが言っていた、言葉遣いを正す為に付けられた講師もそれは同じであった。
厳しくて誰もが畏怖する存在であった講師だったのにも関わらず、ウルスラには笑顔で優しく接していたのだ。
勿論、フェルディナンからウルスラに悲しい顔をさせてはならないと指示はあったものの、言われずとも自分がそんな顔をさせたくないと思ってしまうのだ。
そしてウルスラの吸収力の凄さにも惚れ惚れした。言葉遣いのみと言われていたが、立ち居振舞いも合わせて教えてみると、その所作をすぐに再現するのだ。
教えがいのあるウルスラについ何でも教えたくなり、時間を越えてしまう事は毎回の事だった。
そうしてウルスラがここに来てから三日目、フェルディナンから呼び出される。
ルーファスとのお目通りの場が設けられるというのだ。
やっと会える……
ここまで来るのに、決して平穏な日々ではなかった。何度も心が挫けそうになった。けれど、それを耐えてこれたのは、ルーファスと過ごした日々があったからだった。その思い出だけが心の拠り所であったのだ。
その気持ちを伝えたい。ルーファスに感謝の言葉を伝えたい。
そしてもう一度、優しく抱き寄せて欲しい。
そんな想いを胸に、ウルスラはルーファスの待つ部屋へと赴いたのだった。
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