第41話 漲る力


 ヴァイスの葬送の儀は粛々と行われた。


 明朗快活で分け隔てなく誰にでも優しかったヴァイスは、誰からも愛される存在だった。


 人々は悲しみに濡れ、王城は火が消えたように静まり返った。


 人生最良の日となるその日に崩御された事に、皆が心を痛めた。


 フェルディナンはヴァイスの突然の死を国王として対処しなければならない。それでもやはり我が息子の早すぎる死に悲しみが拭える事はなく、自分を律するのに感情を無くそうと努めていた。


 フェルディナンは、あの時フューリズを糾弾するような形になってしまって、それがこういう状況を作り出してしまったと、それは自分が引き起こしてしまった事だと、そしてあの時にそれを防げなかった事を悔やんでいた。


 ルーファスまでとはいかないが、ヴァイスもまた才能に溢れた息子だった。勉学に優れ、その吸収力も素晴らしかった。

 特に音楽に秀でていて、ヴァイオンリンを弾かせるとその音色は美しく伸びやかに響き、皆の心を魅了したものだった。幼い頃は音楽家になりたいと、笑顔で言っていた事が昨日の事のように思い出される。


 王位継承権がルーファスからヴァイスに変わってから、国王としての教育が始まり忙しくなり、大好きなヴァイオンリンから遠ざかるしかなかったのだが、こんな事なら好きに思うようにいくらでも弾かせてやれば良かったと、フェルディナンは酷く後悔した。


 そんな思いを顔には出さず、天へ送り出すべくフェルディナンは儀式を進めていく。


 アッサルム王国では、亡骸は火葬するのがならわしだ。この国を象徴する真っ赤な炎で送り出すことが、敬意を表すと言われている。

 しかしそれより上位の葬送が、浄化による葬送とされている。

 

 浄化の魔法は光属性である。光魔法は聖なる魔法と言われ、その使い手は少ない。

 そして希少な光魔法の中でも浄化魔法は上級魔術とされていて、使える者はごく僅かであり、天へ送り出す程となれば高位の魔術師が最低10人は必要とされている。

 よって、王族のみがその権利を持つと言われているのだ。


 儀式が進み祈祷が終わった後、神官は天へと還す前に亡骸から髪を一房切り残しておく。これを、身に付けていた指輪や衣装、装備類等と一緒に墓に入れるのだ。髪にはその者の思念が宿ると言われており、それを墓に残すことで残された者たちを見守ってくれると言われている。

 

 その事から、王族の者達は髪を長くしている者が多い。髪には魔力も宿ると言われている為、そんな事もあって髪は神聖な物のように扱われているのだ。


 ヴァイスの亡骸が聖教者に囲まれ、浄化の儀式が始まるその時、フェルディナンに言われてブルクハルトと共に参列していたウルスラは、ハッとして思わず駆け出した。

 そしてヴァイスを囲っている聖教者達の間をくぐり抜けていき、棺の前に立ちはだかった。


 いきなり見も知らぬ少女が目の前に現れて、神聖な儀式が中断された事に聖教者は困惑し憤ったが、フェルディナンがそれを諌めて後ろに控えるように指示をしてから、ウルスラの元まで何事かと歩み寄る。

 



「ごめんなさい! あの、少しだけいいですか?! 王様、お願いします!」


「一体どうしたと言うのだ?」


「王子様が、言いたい事があるようです!」


「なに?! それは真か?!」


「はい、それはその……伝えたいって……その、あの時……ただ驚いただけだったって……」


「あの時……」


「皆に責められてて、だから自分が守らなきゃって思ってたって。でも、髪と瞳が変わって、驚いて何も言えなくなってしまったって……」


「そう、なのか……?」


「はい……えっと……愛してたって。今も愛してるって。それを伝えてほしいって。どうしてもって」


「ヴァ……ヴァイス……っ! すまなかった! 申し訳なかったっ! 守ってやれなくて……っ!」


「あ、えっと……温情、を? 厳しくして欲しくないって。僕の初恋だったからって」


「ヴァイス……! 分かった! お前の望みを聞こう! 我が息子よ……ヴァイス……よ……」



 今まで我慢していた涙が頬を伝う。国王として、喪主として立派に勤めあげなければいけないのに、堰を切ったように涙が溢れ出る。


 ウルスラには、フェルディナンと同じように涙を流すヴァイスの姿が見えていた。

 そして、ヴァイスの思考が頭に響いてくる。


 伝えたい事がいっぱいあったんだね。大丈夫、ちゃんと伝えるよ。私が引き受けるよ。だから安心してね。


 ウルスラは霊体となったヴァイスに直接思考を飛ばして、悲しみの気持ちを拭っていく。


 ありがとう。頼むね。


 そう告げて、ヴァイスは微笑んだ。それから吸い込まれるように自身の亡骸へと戻っていく。


 すると途端にヴァイスの亡骸は目映い光に包まれていく。その光は優しく神殿中を照らし、人々を癒すように光の粒がキラキラと降り注いできた。


 なんとも不思議な光景だった。


 神秘的で美しく、その現象に人々は我を忘れて身を任せる。それは優しく自身の体に入り込むように感じて、幸福感で胸がいっぱいになっていく。


 そんな中、ヴァイスの亡骸から一つの真っ白な光が浮かび上がり、それがゆっくりと空へと昇っていくのが見てとれた。


 あぁ……あれはヴァイスの魂だ……神の光に包まれて、ヴァイスは天へと召されたのだな……


 フェルディナンは誰に説明されずとも、そう理解できた。それはここにいる人々皆が感じた事だった。


 その不思議な出来事は、見る者全てを魅了した。光に包まれていたのはヴァイスだけではない。その傍らに立つ一人の少女も光輝いていた。いや、少女から光が発せられていたのだ。


 ヴァイスの魂は光に包まれて天へと還っていく。その光が小さくなって見えなくなって暫く経った頃、降り注いでいた光の粒はゆっくりと消え、それと共にウルスラが纏っていた光は自身の中へと収まるように消えていった。


 その様子は幻想的であって、皆が夢でも見ているのではないかと思えるほどの出来事だった。


 ヴァイスのいた棺の中にはもうその亡骸はなく、魂と共に天に召されたのだとフェルディナンは暫くその場で佇んだまま動けずにいた。

 

 未だ悲しみは拭えない。けれど、ヴァイスは心置き無く旅立ったのだと、フェルディナンは心穏やかに見送る事ができたのだ。


 これが慈愛の女神の力か……


 それは今まで感じた事のない程の充足感。そして母に抱かれているような安心感。これ以上ないような幸福感。


 その場にいた人々は皆が何も言えずに、ただ今感じる気持ちに酔いしれるままに立ち尽くした。


 ただ一人、その状態を見て何が起こったのかと困惑していたのは、何を隠そうウルスラ本人だった。


 髪と瞳が黒くなった日から今まで押さえつけられていた力が漲ってきて、自分の体に何が起きているのか、どうしたら良いのか戸惑うままだった。


 フェルディナンから事の経緯を聞いて今の自分の状況は把握したが、だからと言ってすぐに今までの環境を覆す出来事に心も体も馴染むこと等できる筈もなく、そして自分の有り余る力をどうすれば良いのか、自分自身を持て余している状態だった。


 まず気になったのは、幼い頃は出来ていて、ある日突然出来なくなった動物との会話が出来るようになった事、動物のみならず植物なんかの声も聞こえるようになった事、そして生きていない者の声も聞こえるようになったという事だった。


 それは声だけではなく、目で確認できるようにもなっていて、特に思念を残して亡くなった者の姿がより鮮明に見えるようになったのだ。 

 強い思いを訴える霊達の話を聞いてあげると、嬉しそうに光輝き天へと還っていく。それは自らそうしようとした訳ではなく、自身から溢れ出す力がウルスラの気持ちに同調して発揮される、という具合だった。


 そんな事から今回もウルスラは、思念を伝えてきたヴァイスを聖なる光で天へと還したのだが、自分でもなぜこんな事が出来るのかは分かっていなかった。


 ただ、悲しみに濡れる魂を放っておけなくて、寄り添うようにしただけでこの現象は起きる。


 その事に誰より驚いたのはウルスラだったのだ。

 

 


 


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