第40話 弟の訃報


 王都を出てからルーファスは、幼い頃にした狐狩りをおこなった森に向かった。


 その狐狩りをした森には空間が歪んでいるような場所があり、それを抜けるとあの小屋に行けたのだが、その空間の歪みを見つけることは今回も出来なかった。

 

 見えないから見つけられない。見ることさえ可能であれば見つけられる自信がある。少しずつだが視力は戻ってきているが、空間という曖昧なものを見る事はまだまだ叶わなかった。


 今回も暫くその歪みを探したが見つけられなかった為仕方なく捜索を止め、フェルディナンには近隣の街や村の情勢を調査すると言って出てきているので、近くの街へ行くことにした。


 そこで聞いた、ヴァイスの突然死により結婚式が中止になったという情報。


 それにはルーファスは驚き困惑した。


 ヴァイスに最後に会ったのはもう6年も前の事だ。自分がこうなってから面会に来ても謝絶したし、フューリズと婚約したと聞いた時も、祝う気持ちが起こらない事から、ヴァイスに会おうとしなかった。


 それでもヴァイスはルーファスに会いに部屋まで訪れたが、ヴァイスとフューリズは仲睦まじいと聞いていて、ヴァイスはフューリズに毒されているのではないか、影響を受けているのではないか、そう思うと面会等できなかったのだ。


 たった一人の兄弟のヴァイスと会う事もせず、最善を尽くしてやる事もできず、ルーファスはヴァイスの死を聞いてからは激しく動揺し、狼狽した。


 そして突然死という事に疑問を持った。


 心臓発作等、急に亡くなる人がいるのは知っている。その殆どが高齢者だが、若者でも数少ないとは言え症例があるのは事実だ。


 だが、ルーファスはその突然死という事に納得していなかった。


 一体ヴァイスに何があったのか。そこにはフューリズが関係しているのではないか。フューリズがもしヴァイスを葬ったのであれば、国王である父上は必ずそれを隠す筈。慈愛の女神の生まれ変わりが人を殺めた等、公表できる訳がない。


 真実はまだ分からない。が、ルーファスは、考え付いた答えが十中八九当たっている筈だと確信を持っていた。


 ヴァイスは知らなかったが、王都はフューリズの支持者ばかりだ。それはフューリズが操ってそうしていて、それでも処罰される者は少なくない。殺された者は何人もいる。

 ルーファスもまた、フェルディナンと同様フューリズに監視をつけていた事から、その愚行を知っていたのだ。


 人を殺すのを何とも思っていない。


 フューリズの周りには死が纏わりついているように感じていたのだ。

 

 正に悪魔とでも言える程の存在。それをどうにも出来ずに、ヴァイスを助けてやれずに放置した結果がこれだ。

 そうルーファスは思い、自分の不甲斐なさに苛嘆いた。


 すぐに王都へ戻りことの真相を探ろうと考え、予定より早く帰路に着くことにした。


 ルーファスが王都に着いたのは、ヴァイスが亡くなってから三日後の事だった。その時には既に葬送の儀は終わっていて、王都は喪に服した状態だった。


 王城の北側にある庭園の一角に、王族が眠る墓がある。何処に寄るでもなく、すぐにそこに向かったルーファスは、墓地の管理者に案内されヴァイスの墓前までやって来た。


 自分より3才も若く、まだ16歳だった。幼い頃はいつも自分の後をついて来て回って、相手をしてやると嬉しそうに笑っていたのが思い出される。


 自分を尊敬すると言って慕ってくれていて、いつも明るく元気で王城ではムードメーカーだったのだ。


 そんな弟の最後を見送ってやる事もできず、こうやって墓前に来る事しかできない自分が情けなくて悔しくて……

 そして何も出来なかった事が申し訳なくて、ルーファスは崩れ落ちるようにその場に膝を付いた。



「ヴァ……イス……す、まな……かった……」



 振り絞るように言った言葉はそのまま嗚咽となっていき、ルーファスはその場から暫く動けないでいた。

 こうなった元凶は恐らくフューリズ……もし本当にそうであるなら、絶対に許すこと等出来ない。必ずその慈愛の女神の生まれ変わりという仮面を剥がしてやる。そう心に、ヴァイスに誓ったのだった。


 ルーファスが帰ってきた事がフェルディナンに伝えられると、すぐにルーファスを呼び出すよう申し付けた。

 今回の事で王位継承権はルーファスに移る事、そしてフューリズと婚姻を結ぶ事になる旨伝えなければならないからだ。


 フェルディナンの要請を受けて、ルーファスはすぐに王室へと向かった。


 そこでフェルディナンにルーファスからすると信じられない事を告げられる。



「え……?」


「思うことがあるだろう。ヴァイスがこのような事になって、お前も戸惑っているのは分かっておる。しかし、この国の為にはそうして貰わねばならぬのだ」


「し、かし……ちち、うえ……」


「ルーファス、声が出るようになったのだな! 素晴らしいぞ!」


「あ、いえ……そ、れ、より……」


「あぁ、そうであったな。ルーファス、お前の言わんとする事が分からぬ余ではない。もちろん、ヴァイスの喪が明けるのに一年程待って貰う必要はある。しかし、フューリズが慈愛の女神としての力に目覚めたのでな。なるべく共にいて欲しいのだ」


「力、が……」


「そうだ。共にあれば、その者には慈愛の女神の加護が得られるのだと言う。その加護を自分のものとせねばならぬ」


「それ、は……どう、いう……」


「悪いようにはせぬ。思うこともあろう。しかし、これは王命ぞ。拒むことは許さぬ!」


「……っ!」



 王命と言われてしまえば、拒むことはルーファスにも出来なかった。


 声が出るようになったとは言え、まだ流暢に話せる迄にはいかないルーファスの意を汲むように、フェルディナンは慈愛の女神の加護を得る必要性を畳み掛けるように述べていく。



「その盲いた目では分からぬだろうが、フューリズは美しく、その力は慈愛に満ちておる。お前が知っていた昔のフューリズよりも、更に素晴らしい女性となっておるぞ? フューリズの力を得れば、お前は必ず絶大なる王となる。フューリズを慈しみ、多くを望まず、しっかりと見極めてゆけば、末永く幸せであれるだろうぞ」

 

「…………」



 ルーファスがフューリズを想っていると信じて疑わないフェルディナンは、今度こそこの国の安泰を信じて疑わなかった。


 ルーファスはあの状態からも立ち直ってくれ、身体的にも著しい回復を見せている。任せた仕事は思った以上の成果を挙げており、補佐に人選を間違わなければ、充分に王として君臨できる筈だ。

 フェルディナンは自分の判断に間違いがないと、そう確信していた。


 ルーファスは半ばフェルディナンに押し切られる状態でフューリズとの結婚を決められてしまった。が、これでフューリズが偽物であるという証拠をみつける事ができるのではないか、と、そう考えた。


 しかし、気になることがある。


 フェルディナンはフューリズが慈愛の力に目覚めたと言っていたが、それは果たして本当の事なのだろうか。

 あれだけ残忍で残虐で、人の命を軽視していたフューリズが、力に目覚めたからと言って、急に素行が変わるとは思えない。何か裏があるのでは……そう思った。


 そして、ヴァイスの事をフェルディナンは突然死だと、病死だとルーファスに告げた事にも納得は出来なかった。

 フューリズを慈愛の女神の生まれ変わりだと信じているのなら、もしヴァイスを殺害してしまったとしてもその力を得る為に、そしてルーファスと婚姻を結ばず為に不問にしているのだろう。

 

 そんな事を許して良い筈がない。それでも父上が許すと言うのであれば、自分が仇を討ってやらなければ。それが何も出来なかった弟への弔いとなる。ルーファスはそう考えた。


 真相を究明しなければならない。


 必ずその化けの皮を剥がしてやる。


 ヴァイスの墓前で額を地につけ、ひれ伏させてやる。


 ルーファスはそう決意を固めたのだった。



 

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