第22話 変わり果てた街
前にエルヴィラと住んでいた家の場所から今いる小屋までは、ウルスラの足で一時間程の時間が掛かる。
家は小屋と街の中間辺りにあって、街に行く時は家の近くを通る事になる。
ウルスラは小屋の近くから足を伸ばす事に当然戸惑った。あの恐怖が今もなお脳裏に焼き付いている。魔物と化した者達がお互いを襲い合って村は一瞬にして血みどろの状態になったあの日を、ウルスラは忘れる事ができないでいた。
動物の気配がした時、家の外から物音が聞こえた時、何度もあの魔物がここまで来たんじゃないかと思って一人恐怖に震えていた。
それがルーファスと一緒にいる夢を見ている間だけは忘れる事ができたのだ。それだけでも救われた気がしていた。
だから余計に思う。強くならなければと。
足早に歩いて、街へと向かう。決心が鈍らないように、足を止めないように、ウルスラはズンズン進んでいく。
そうして歩いて家の近くまで来て、ふと足を止めてしまう。
お母さんはどうしているのかな。一人で寂しくないのかな。最近は体の調子が悪そうだったけど、ちゃんと食事は摂れているのかな。元気かな。そうだと良いな。
家のある方向を見詰めて、ふとそんな事を考えてしまう。もう自分には何も出来ることはないのだと考えなおし、唇をギュッと瞑り、それから踵を返してその場を後にする。
楽しい思い出なんか無かった。だけど、あの家はウルスラの育った家で、自分はちゃんとあの家でここまで大きくなったのだと思うと、言い様のない思いが胸を締め付けるように感じる。
下を向いて、後ろ髪を引かれる思いで足早に進んでいく。もう振り返らない。お母さんはきっと私がいない方が幸せなんだ。私はいない方が良かったんだ。だから私はもうお母さんには会っちゃいけない。そう思って街へと急ぐ。
本当は触れたかった。触れて欲しかった。街で仲の良い親子を見る度に、いつも胸が苦しくなった。そうされたら、抱きしめられたらどんな気持ちになるのだろうかと思いを馳せた。
けど、それはもう今日で終わりだ。終わらせなければ。しっかり前を向いて歩いて行かなければ。
ウルスラは意を決したように顔を上げて街へと向かった。遠目に見える動物達の事が気になるけれど、また話して貰えるように頑張ろう。きっと、自分が頑張っていれば、周りの人達は分かってくれる。そうじゃなくても、ルーファスだけは分かってくれる。それがなにより力になった。
今日はルーファスに貰った服を着て靴を履いている。ルーファスに力を貸して貰いたかったからだ。
そんな思いを抱え、強い気持ちを持って街へやって来た。
しかし、目の前にある街の入り口にある門は開け放たれたままの状態にも関わらず、門番は一人もいなかった。辺りを見渡しても、他にも誰かがいる様子はない。
自分が来なくなってから何かが変わったのかなと思いながら、街の中へと足を進める。
進んでいくと、街並みは以前のそれとは違っていて、その変わりようにウルスラは驚きを隠せなかった。
いつもここは人が多く賑わい活気があり、道行く人達は笑顔に溢れ、誰もが幸せそうに見えたものだった。
しかし今は人々は疎らで、あちこちにグッタリ座り込んでいる人も多くいて、ゴミは散乱し、それを犬や猫が食い漁っている。と思えば、小さな子供さえも同じようにゴミを漁って食べ物を探していたのだ。
建物は窓や扉が何かに壊されたのか殆どが損傷していて、店らしい店がない状態だった。露店は無くなっていて、広場は閑散としている。
こんな街ではなかった。なぜこうなったのか。何があったのか。ウルスラにそれが分かる訳もなく、ただ変わり果てた街を見て歩くしか出来なかった。
知っている店は全て閉店しているようで、扉は固く閉ざされていた。いつも子供の声が聞こえていた公園には遊んでいる子供はいなくて、ここではベンチに寝転がっている人の姿が何人も見られた。
薬草を買い取って貰おうと思ってここまでやって来た。もし買い取って貰えたら、ルーファスに何かプレゼントを買おう。どんな些細な物でも自分で稼いだお金で買った物なら、ルーファスならきっと受け取ってくれる。そう思ってこの街に勇気を出してやって来た。
なのに、目当てであった魔道具店を前にして、ウルスラはその場で動く事も出来ずに佇んでしまった。ここは魔道具の他にポーションや魔草や薬草も取り扱っていて、時々エルヴィラに頼まれて材料を購入しに来た事もあった店だった。扉は壊され、綺麗に並べられてあった商品が何も無くなっていて、店の中はグチャグチャに踏み荒らされたようになっていた。
ここの店主のお婆さんはいつもウルスラに飴玉をくれた。口数は少なかったけど、ニッコリ微笑んでウルスラの頭を撫でてくれた。それが嬉しかった。
あのお婆さんはどうしたんだろう? そう思いながら店の中を外から覗くけど、人がいる気配は無かった。ここは既に街として機能していないように感じた。
陽気な肉屋のおじさんも、笑顔が素敵なパン屋のおばさんも、口調は怖いけど優しい薬屋のお兄さんも布屋のお姉さんも魚屋のおじさんも……誰もいない……
最後に会った時はウルスラを蔑むような目で見て嫌そうに追い払われたりもしたけれど、それでも以前は良くしてくれていた。優しい人達ばかりだった。それがどうして……
辺りを見渡しながら、変わってしまった街に戸惑いながらウルスラは動けずにいた。すると、少し離れた場所から音がした。
そこは布屋だ。お姉さんがいるのかも。そう思ってそこまで走って行った。
けれどそこにはお姉さんはいなかった。
「チッ! ここも何も残ってねぇじゃねぇか! もうダメだな。この街は」
「だから言ったろ? 早いとこずらかろうぜ。」
「けど金目のモン持ってかなきゃ……あれ……こんなところに可愛い子がいんじゃねぇか……」
3人組の男が店にいて何やら物色していたが、取るものは何も無かったようで意気消沈していたところにウルスラが現れて、男達は嬉しそうに下卑た笑いを浮かべた。
今日はルーファスから貰った服を着て靴を履いて、それが身なりよく見えていたのかどうなのか、これ幸いとウルスラに近寄った。
この人達はあの村にいた人達と似ている。だから逃げなくちゃ。ウルスラはそう直感し、すぐにその場から走り出した。そしてすぐに捕まった。大人と子供では力の差は歴然で、走ってもすぐに追い付かれたし、手を振りほどこうともがいてもビクリともしない。
男の一人が何やら呪文のような事を口にすると、ウルスラは段々眠くなって意識を失ってしまった。
そしてそのまま何処かに連れていかれる事となってしまったのだった。
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