第17話 王都へ
ウルスラの力の多くがフューリズに渡ってしまうようになってから、フューリズは自分に出来ないことは無いとばかりに、その傲慢ぶりは増長していった。
誰もが自分に従い、敬う。それのなんと心地良いことか。
自分だけが特別に思えて、他の人達は下等なモノにしか見えず、それが正しいとばかりに皆がフューリズに跪く。
邸から出ることを許されなかったフューリズだったが、自分が一言王都へ遊びにいくと言えば、誰もそれを止める事なく従ってくれるようにもなった。
今まで籠の中の鳥のようだと感じていたフューリズは、ここぞとばかりに外への世界に飛び出した。
王都は賑やかで華やかで、人々も元気で明るくて、フューリズにはそれが凄く新鮮に思えた。
自分の邸にいる者達は皆、微笑むこともなくなり、常に俯き伏し目がちで、目に生気はなく活気がない。そうしているのはフューリズなのに、そんな状態に辟易していた。
王都は、王城から近い場所には貴族達が通う店が軒を連ねているが、王城から離れると段々と庶民的な店も増えてくる。
雑多な環境に足を踏み入れるのが初めてなフューリズは、目をキラキラさせてあちらこちらへと赴いていく。
今までなら危険が伴うからという理由で、どこに行くにも制限されたり護衛に囲まれた状態だったりしたけれど、今は誰もフューリズには何も言わない。それにも嬉しく思ったし、初めて自由を手に入れたように感じた。
外に店が並んでるのを見て、フューリズはワクワクした。こんな小さな店が密集していて、扉もなくて、でも凄く良い匂いがあちこちからしていて、色んな店に目移りしてしまう。
「ねぇ、ローラン! ここは凄いのね! こんなに店がいっぱいで人もいっぱい!」
「この形態を露店と呼びまして、庶民が買い物をする場所です。フューリズ様が来るような場所では……」
「私の行動を制限するのは止めなさい。私は誰の指図も受けないわ。控えなさい」
「……申し訳ございません」
ふん、と言った感じで、ローランを無視して歩いていく。護衛の中でも優秀であり、アッサルム王国一と言われる剣豪であるローランもまた、フューリズに良いように操られている状態だった。
だが、幼い頃から常に傍にいてくれているローランを、フューリズは兄のようにも感じている。そんな存在さえも操る事に躊躇はしなかったのだが。
串焼きの店やホットドッグを売ってる店、ドリンク店、帽子や洋服、アクセサリーが売っている店もある。こんな所に? と興味をそそられ、フューリズは忙しく目を動かし足を動かし、歩いていく。
「あ、あれは何かしら? ねぇ、ローラン!」
「鳥の串揚げですよ。庶民に愛される味ですね」
「食べてみたいわ! ねぇ、貴方、それをこちらに渡しなさい」
「はいよ、一本でいいのかい、嬢ちゃん!」
「な、なに? 私を嬢ちゃんだなんて言い方……」
「ここではそう言うものです。それがここの者達の習性なのです」
「なら仕方がないわね……」
普通であれば罰を下している程の対応だったが、初めての王都、初めての露店での賑やかさにフューリズは舞い上がっていたのは確かだ。命拾いをしたなとローランは思った。
ローランが金を渡し、足早に行くフューリズの後を急いで追いかける。
今日は護衛の者はローラン一人だけだった。普通ではあり得ない状況下において、そうせざるを得ないのはフューリズの指示だからだ。
何かあればこの国の未来が危ぶまれる。その意識はどんなに操られていようとも常に脳裏に焼き付いている。
ローランは直接国王からフューリズを守るようにと任命されたのだ。それは誉れであり、誇りであった。
ローランは平民から成り上がり、その腕を買われて騎士になった。それから数多の功績を上げ、男爵位を得たのだ。それでも下位の爵位であるローランに、国王直々に任務を言い渡された時には、男泣きしそうな程に震えたのだ。
しかし、ローランはこの任務に就いた事を後悔していた。
これからの国を担う存在であり、最も大切に扱わなければならない存在ではあるが、自分がさせられている事は意に沿わない者に罰を与える、ということが殆どだからだ。
強者と戦う事もなく、武勲を得られる事もない。ただひたすら狭い世界で、ただ一人の傲慢な者からの指示に忠実に従うだけの日々。何度も優しく苦言を呈したが、そうすれば他の護衛の者が自分の代わりに罰を受ける。
何度も職を辞そうとしたが、そうすれば爵位を返上しなければならない。やっとの思いで掴んだ栄光を簡単に捨てる事など出来なかったのだ。
そんな日々を送っていた頃、突然フューリズの指示に抗う事が出来なくなった。
もとより抗う等する事はなかったが、指示された事は惑う事なく忠実に行えてしまうようになったのだ。
しかし心の中では葛藤は常にあって、意に沿わない事を指示された時には、心が掻き毟しられるような思いであった。
自分なのに自分じゃない感覚。思考は全て自分の中に閉じ込められているような状態。それを表に出す事は一切出来なくなった。
そしてフューリズに従い、尽くすのみとなってゆく。
自分は操られているのではないか。そうローランは感じていた。それはフューリズの邸にいる者全てが感じていて、心と行動の矛盾に葛藤しながら導きだした考えだった。
とは言え、だからと言って何かが出来る訳ではない。ジレンマを感じながらも、忠誠を尽くすように指示に従うのみなのだ。
そんな矛盾する思いを抱えて、フューリズの後を追いかけるローランの耳に、子供の泣き声が耳に届いた。
「うわぁぁぁぁんっ!」
「何をするのよ! どこを見ているの?!」
「フューリズ様、どうなされましたか?!」
「この汚い子供が私のドレスにジュースを溢したのよ!」
「ご、ごめんなさいーっ!!」
5歳位の男の子が、手にコップを持って尻餅をついていた。恐らく怒ったフューリズに突き飛ばされたのだろう。
いきなり大きな声で泣いた子供に、貴族の女の子が大声で怒鳴っているのを見て、周りは何があったのかと集まりだした。
「嬢ちゃん、そんな怒ってやるなよ。ちょっとかかっただけだろう?」
「私に意見するつもり?! 私を誰だと思っているの?!」
「うわぁぁーー! お母さーん!」
「すみません! うちの息子がすみません!」
男の子の母親であろう女性が走ってやって来て、男の子を立たせて抱きしめ、頭を下げる。
その様子を見て、フューリズは更に苛ついた。
自分には母親がいないのに、ただ一人の肉親である父親でさえ離れて暮らさなければならないのに! と。
「ローラン! この者達に罰を与えなさい!」
「フューリズ様?!」
「そうね。ちゃんと見てなかったのだから、目等必要ないって事よね。その男の子の目を潰しなさい」
「…………っ!」
「そうだわ。ここに串揚げの串があるから、それで突き刺してあげたら良いんじゃないかしら?」
「な、なに言ってんだ! たかがちょっとぶつかっただけじゃねぇか!」
「私に意見する者は許さないわ。ローラン。その者の首を切ってしまいなさい」
見ていた男が子供を援護するように言う。それにもフューリズは苛立った。
しかしあまりにも無謀だ。そして残虐だ。いくら貴族とは言え、無礼を働いた者を
しかし、フューリズはそれが当然とばかりにローランに指示を出す。普通ならば例え部下であったとしても、そんな命令に容易く受ける事等しないのだが……
集まってきた人達はこの状況を何事かと見ていた。そんな中、フューリズは気にもしないような態度で串揚げの串をローランに差し出す。
それを震える手でローランは受け取る。拒否したくとも、それは出来なかったのだ。
「お止めください! お願いします! まだ小さな子供なんです! まだ何も分からない子供なんです!」
「ローラン、この女も煩いわ。黙らせて」
ローランはジリジリと歩み寄っていく。本当はこんな命令等聞きたくはない。しかし自分の意思に反して、体は勝手に指示されたように動いていく。
そうして賑かだったこの場所が、一瞬にして阿鼻叫喚の巷と化していったのだった。
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