第11話 小さな疑問


 その日ルーファスから光が消え、声を発する事が出来なくなった。


 不幸中の幸いとでも言うのか、耳は正常であった。


 だが、急にこうなってしまっては、歩くこともままならず、自分の行動一つ思うように出来ない状態となってしまったのだ。


 思いを伝える為の術である発声は出来ず、音もなく空気を発するのみとなった。


 この状況を、なぜこうなったのかを伝えたくて文字を書こうとしたが、手が震えて上手くペンを握る事も出来なくなった。


 何をしたんだ? フューリズは何をどうやってこんな事が出来るようになったんだ?

 アイツは慈愛の女神の生まれ変わりなんかじゃない!


 確証はない。けれどルーファスはそう確信した。慈愛の女神は人々を慈しみ、愛し、許し、癒す存在なのだ。そんな偉大な存在である慈愛の女神の生まれ変わりが、あんな人を簡単に虐げるヤツな筈がない。


 最後に見たのは、フューリズの不適な笑みだった。そしてあの、人をバカにした笑い声。その声は今も耳に貼り付いているように感じる程に、脳裏に焼き付いて離れなかった。


 国王は何人もの名医と呼ばれる医師にも診せ、様々な薬も試し、祈祷師にも術払いとして何度も祈らせた。それでもルーファスの症状は何一つ変わらなかった。


 突然暗闇に襲われ、声も出せず意志疎通が出来なくなり、文字を書くことも自分で食事を摂ることも出来なくなった。


 何も出来なくなったと思ったルーファスは、それから部屋から出ていけなくなってしまった。とにかく外の世界が怖いのだ。恐怖でしかないのだ。そして、誰かの手を借りなければ生きていけない現状に苛立ち、自分の未来を悲観した。

 そうなってからは誰にも会わず、誰の言うことも聞かず、ルーファスは自室に籠りっきりとなってしまった。


 突然の出来事に国王は困惑する。


 何の病か、何かの呪いか。だが何をしても一向に良くならないルーファスの様子を見て、決意を改めざるを得なかった。


 急遽、第二王子ヴァイスを次の国王とすべくその教育を始める。兄であるルーファスが多才で優秀であった為、その影に隠れるようになってしまってはいたが、ヴァイスもまた国王の素質を持っていた。

 しかし兄弟での争いを好まず、何より尊敬し誰より兄こそが次の国王に相応しいと思っていたヴァイスは、敢えて対抗意識を燃やす事をせず、将来は兄をサポートする役目を担うつもりでいたのだ。

 

 ルーファスがああなって一番ショックを受けたのは、実はヴァイスだった。


 次期国王としての教育が始まった事にすぐに納得がいかなかったヴァイスだが、国王の命令とあらば断る訳にもいかず、兄が治るまでの間に、兄の代わりをするだけだと自分に言い聞かせ、ヴァイスはこの状況をなんとか受け入れた。


 そして、ルーファスの婚約者となる筈だったフューリズとの婚約を、ヴァイスは国王に言い渡されてしまったのだ。


 それには流石に抵抗をした。


 いくらなんでもそれは酷いのではないか。兄から全てを奪ってしまうのではないか。ヴァイスはそんな事を思った。フューリズの事は妹のように可愛く思っている。自分になついてくれるのは単純に嬉しいと感じたし、一緒に遊ぶのは楽しいと思えた。

 だが、まだ結婚の事を考えてはなく、いきなり降ってきた話に困惑するだけだった。


 何度もヴァイスはルーファスに会いに行ったが、それは悉く拒絶されてしまう。兄は今何を考えているのか、どう思っているのか、それが知りたいけれど、それは知ることが出来ないから、せめて自分の意思をきちんと伝えたかったのだが、それが叶うことはなかったのだ。


 そうしてルーファスは孤立していく。


 もうあの森の小屋へ行くことも出来なくなった。ウルスラに会うことは出来なくなった。


 全てが自分の敵であるように思えて、この部屋だけが自分を守ってくれる場所だと思い込んで、一歩たりとも外へ出ようとは思えなくなってしまった。


 ルーファスがそんな状態だと聞いたフューリズは、嬉しくて仕方がなかった。

 自分をバカにしたかのような態度をとった者がいることが許せなかった。それが誰であっても、だ。


 強く相手を憎み、その者をどうしたいか考えると、思った事が現実になっていく。フューリズはそんな力に目覚めてしまっていた。

 ルーファスを暗闇に落とした数日前から、何故か力がみなぎるような感覚を覚えたのだ。


 それからは周りにいる従者や侍女、執事等の使用人達が、自分に忠実に従うようになったのだ。これまでも従ってはいた。フューリズの言うことに刃向かう事なく聞いていた。

 けれど違う。今は従順なる下僕とでも呼べば良いのか。何をしても屈する事なく、フューリズを崇拝するかの如く慕うのだ。


 これにはフューリズは歓喜した。

 

 自分が微笑むとうっとりしたような表情を見せ、虐げても自分から離れて行こうとしない。

 自分は周りから愛されているように感じる。それは今までに無かった感覚だった。


 そうだ。これが私の力なのだ。慈愛の女神の生まれ変わりである自分の力なのだ。


 フューリズはそう思った。全ての者が自分に忠実になり、自分の思いを通りに動かせる可能性に心が踊った。


 だが自分に従わない者もいた。それがルーファスだった。そして、国王もまた自分に従おうとはしなかった。


 そしてルーファスと婚約する事を告げられた日、実はフューリズは国王からも光を奪おうとしたのだ。

 だが結界か何かに阻まれているように感じて、思うようには出来なかった。その事に更に苛立ってしまったのだ。


 アッサルム王国では王族や貴族は魔力を持っている者が殆どで、より魔力が多い者が国を支配するようになっていた。

 必然的に王族は皆が魔力が高く、幼い頃より魔法学の教育受けていることから、自分の身を守る術を知っていた。

 そして王の周りには常に術者がおり、王を守るべく常に術を張っている。


 そんな事とは露知らず、フューリズは国王を自分の思い通りにしようとしたが、それが叶うことはなかった。


 今はいい。だが、自分はまだ8歳だ。自分の能力が覚醒したら、きっと今より大きな力を得ることになる。そうしたらこの国は私が支配してやる。フューリズはそう心に決めていた。


 そして国王もまたこの日を境に、フューリズが本当に慈愛の女神の生まれ変わりなのかと小さな疑問を持つようになったのだ。


 張られた結界に何かが干渉した形跡があったのを見逃さなかったし、ルーファスの部屋にフューリズが訪れた後、ルーファスの目が見えなくなり声を発する事ができなくなったからだ。

 

 しかし実はフューリズは、ルーファスの音でさえも奪うつもりでいたのだ。それは何とかルーファスの力で防げたが、まだ完全にその力を使いこなせていないルーファスは、フューリズの力の餌食となったのだ。


 そういった事から不審に感じた国王は、何処の国にもある暗部組織に密かに指示を出した。



「国王陛下、ではフューリズ様の出自を調べ直せと?」


「そうだ。それと同時にフューリズが……慈愛の女神の生まれ変わりの赤子が生まれた日に、他に黒髪黒眼の女の赤子が産まれたかどうかを再度調べよ。それはこの国に限った事ではない」


「しかしそれでは日を要する事になります。それでもよろしいのでしょうか?」


「構わぬ。しかし出来るだけ早急にせよ。人員はどの様に使っても構わぬ」


「……畏まりました」


「それと預言者ナギラスの所在を突き止めるのだ」


「ナギラス様……ですか……しかし……」


「言いたい事は分かっておる。ナギラスは誰にも何処にも縛られぬ。しかし神託が降りた時にその場に不意に現れ神の意思だと告げ、そして知らぬ間に姿を消す。ナギラスが現れぬ時は、その必要がないとも言えるのだが……それでも確認せねばならぬのだ」


「それはフューリズ様の……いえ、何でもありません。では早急に」


「頼んだ」



 もしフューリズが慈愛の女神の生まれ変わりでなかったら……


 では本当の慈愛の女神の生まれ変わりは何処にいる?


 もし本当ににそうであったなら、何処よりも先に確保せねばならない。他国に奪われてしまえば、その国は大きな力を持つ事になる。


 いや、それよりも慈愛の女神の生まれ変わりが不幸に等なってしまったらどうするのか。人々に幸せを与える為に生まれたとされる存在に幸せを与えないのであれば、どんな事が起こるのか。


 それが国王は気がかりだった。侍従に早急に古書や文献を調べさせるように指示をする。


 ルーファスがこんな事になった事にも甚だ疑問であった。

 何故ならルーファスもまた、ナギラスによって預言された者だったからだ。


 嫌な予感がした。


 このままではとんでもない事になるかもしれない。


 間違いであれば正さねば。でなければこの国が危うくなるかも知れない。


 国王は心に芽生えた小さな疑問を見過ごさ無かった。それこそが国王たらしめたのだった。


 



 

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