第9話 国王の意向


 今日は王城へ行く。


 フューリズは王からの呼び出しに応じ、王城へと向かった。


 何の話があるのか。何を言われるのか。それは大体分かっていた。王城へ行く度に国王の家族と会食する事が決められていて、その後は交流を持たせようとしていたのか、二人の王子と一緒にいることが殆どだった。


 第一王子、ルーファス・ダルクヴァイラーはフューリズより4歳年上の聡明で利発的な少年だった。

 そして第二王子、ヴァイス・ダルクヴァイラーはフューリズより1つ年上の明朗快活で笑顔の素敵な少年だった。


 3人でいる時は、ルーファスは静かに大人しく読書をしている事が殆どで、フューリズとヴァイスは二人でよくカードゲームや隠れんぼ、庭でボールを使って遊んだりして、一緒に楽しく過ごしていた。

 フューリズにとっては、ルーファスは物静かな兄のような存在で、ヴァイスは気の合う友達といった感じだったのだ。


 そしてフューリズはいつしか、ヴァイスに心を寄せるようになっていった。


 そんな中でフューリズに言い渡されたのは第一王子のルーファスとの婚約。それには心が受け入れようとしなかった。


 しかし国王陛下にそう言われては、いくらどんな我儘も通してきたフューリズとは言え、決定事項に意を唱える事は出来なかったのだ。


 いつもこうだ。フューリズは下を見ながらそう思わずにはいられなかった。


 自分は優遇されているのかも知れない。だけど本当に望んでいるのは、自分が愛し、自分を愛してくれる人と共にありたいという事だった。


 父親から離され、誰も身内がいない場所で囚われの身となったように感じていたフューリズが求めたのは、いつも自分に笑顔を見せてくれたヴァイスだった。


 だが次期国王となる、継承第一位の王子はルーファスだ。長子であり、勉学や武術に才のあるルーファスに、誰もが次期国王の座はルーファスの物だと信じて疑わなかった程だ。

 

 国王には考えがあるのだろう。そうする意味があるのかも知れない。だけどフューリズからすれば、良いように操られているに過ぎない事態だと認識している。自分の意思等聞いてくれはしない。

 貴族とはそういうものだ。それは分かっている。きっと父親であるブルクハルトも了承していたのだろう。恐らくここに連れて来られた時から決まっていた事だったのだろう。


 それでも納得したくはなかった。こんなふうに自由を奪われ、好きでもない相手と婚姻を結ぶしかないという事実に簡単に納得なんか出来る訳がない。フューリズはそう思った。


 ふと見ると、隣にいるルーファスもまた、納得していないような様子だった。フューリズの視線に気付いたルーファスは、チラリとフューリズの顔を見て、あろうことかため息をついたのだ。

 

 その事にフューリズが憤りを覚えたのは言うまでもない。


 自分の気持ちはともかく、慈愛の女神の生まれ変わりであるフューリズを王妃として迎え入れられるなんて、こんなに良い縁談等他にはある筈もない。

 伝承によれば、慈愛の女神の生まれ変わりと添い遂げる事になった者には、大いなる力を手にする事が出来るのだと言う。

 誰もが自分を熱望する筈で、こんなふうにため息を溢されるなんてあり得ないことなのだ。


 自分は幸せを感じなければならない筈。なのにルーファスとは幸せを感じる事等出来そうにない。


 フューリズがそう思うように、ルーファスもまた同じように考えていた。


 予てよりフューリズの事は好ましく思っていなかった。フューリズの愚行は把握していて、その非道さに辟易していたからだ。

 自分の意に沿わない者を簡単に文字通り両断するその残虐さ。少しでも提言しようものなら容赦なく切り捨てる。


 ルーファスが幼い頃に世話になった侍女が、髪型を思うように纏められなかったからという理由だけで頭皮を焼かれ大火傷を負わせ、髪が二度と生えないようにされた事を知った時は、何度乗り込んで同じ目に合わせてやろうかと思った程だった。

 その侍女は優しく謙虚で控え目で、けれど時には窘める事でルーファスを支えてくれた、姉のような存在の優秀な侍女だった。


 慈愛の女神の生まれ変わりは幸せを与えないといけないらしく、誰もが言う通りに動くしかなかった。少しでも機嫌を損なえば、その加護が得られないと考えられているからだ。


 だけどルーファスは、そんな加護等必要ないと感じていた。

 こんな残酷な女が慈愛の女神の生まれ変わりだ等と、全くもって受け入れられなかったのだ。


 ただ、弟のヴァイスと遊ぶフューリズはその年齢の子供と同じように見えて、なにも知らないヴァイスはフューリズに好意を持っているようにも感じられた。

 

 ルーファスがフューリズのしている事を知っているのは、自分が調べさせているからだ。邸に住まう執事は、ルーファスの手の者だった。

 それはフューリズがこの王城にやって来た頃。国王にフューリズを娶るように言われてから、ルーファスについていた執事が自らフューリズの元へ赴く事を決め、諜報員として動いてくれた時から始まっている。


 代々続く執事の家系で、優秀で完璧に仕事をこなすこの執事でさえ折檻された事は数知れず、特に理由がなくとも機嫌一つで罰を与えられるらしいのだ。


 そんな者が本当に慈愛の女神の生まれ変わりなのか?


 ルーファスはその事に甚だ疑問を感じていた。けれどそれを払拭出来るほどの確証等、何一つ有りはしない。

 もし本当に慈愛の女神の生まれ変わりだとしても、そんな者からの加護等に頼りたくもない。であれば、このままフューリズと結婚等せずにいれば良いのではないか。

 

 そう考えていた時の、婚約の決定だった。


 一度婚約の契約書を交わしてしまえば、それを破棄する事は難しくなる。

 だからその前に何とかしたかった。

 

 けれどその時ルーファスはまだ12歳で、婚約しなくても良い道を模索しながらも決定打に欠けたままだった。


 そんなルーファスの様子を見て、フューリズは苛立ちを隠せなかった。何故自分がそんな態度を取られるのか。こちらの方がお前など願い下げなのに。ただの人でしかないお前が私と婚約できるのを疎ましく思う等とはあってはならない事なのだ。


 ルーファスと結婚等お望みどおり、こちらからどうにかしてやる。

 至高であり熱望されてこその存在である自分に、二度とそんな態度を取らせるものか。


 そう思ってギリッと歯を強く噛み締めて、下を向いたまま横目でルーファスをギロリと睨む。

 

 王座にいる国王は穏やかな表情で二人を見ている。幼い子供達の未来が善きものとなる筈だと信じて疑わないのだろう。

 この国王にもフューリズは苛立っていた。自分をこんな場所に閉じ込めている諸悪の根源。その国王の良いようにさせてなんかやるものか。


 婚約式は一ヶ月後。ブルクハルトが王城までやって来れる日に実施される事となった。それは最大限、フューリズの事を思っての国王の配慮だったのだ。


 国王もまた、フューリズの行動は報告により全て知っている。けれど慈愛の女神の加護を得る為には窘める等出来なかった。


 その能力をこの国のモノとする。


 それにはこの婚姻は必要不可欠なのだ。


 国王の素質を持つ長子、ルーファスこそがその能力を得るのに相応しい。


 その思いは揺るぐことはないと、その時の国王は信じて疑わなかったのだった。


 

 

 

 

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