第87話『東窓』

やくもあやかし物語・87


『東窓』    





 俊徳丸さんに案内されたのは四天王寺とは逆方向の東の道。



「長くいるからね、俊徳道から一キロ四方は守備範囲なんだ」


 済まなさそうなんだけど、わたしには面白い。


 今風のマンションとかもあるんだけど、おおむね、昔の村の匂いが残っている。


 細くてクネクネした道。


 そのまま時代劇に使えそうな家やお屋敷が今風の家と違和感なく佇んでいたりする。


 ひょっこりと田んぼや畑が現れるのも面白い。


 それにね、時々、チョンマゲやら日本髪の女の人が居たりする。


「ご近所のお地蔵さんたちだよ。僕といっしょだから見えてしまうんだね」


 お地蔵さんたちは、みんなニコニコしている。


「地元の信仰が厚いからね、大事にされているお地蔵さんは、みんなニコニコしてるんだよ」


「そうなんだ」


「でも、うかつに目を合わせちゃいけないよ」


「え、どうして?」


「お地蔵さんが見える子なんてめったに居ないからね。うっかり話し相手になったら、三日は放してもらえない」


「そ、そうなんだ」




 少し行くと、狭い道を抜けて、パッと視界が開けた。


 恩地川という川が南北に走っているので、両岸の道も含めて50メートルくらいの幅で空間が広がって清々しい。


「あ、いたいた(^▽^)/」


 俊徳丸さんが手を挙げると、橋のたもとに巫女さん。


 神社以外で巫女さんを見かけるのは新鮮だ。というか、神社以外で巫女さんなんて見かけないよね。


 見かけたら、それは巫女服好きなコスプレイヤーさんだろう。アキバとかコミケにはいるかもしれない。


 でも、その巫女さんは、生まれた時から巫女さんやってますという感じで、ちょっと神々しい。


「俊徳丸さん、こちらのお子ですか?」


「はい、二丁目地蔵さんのご紹介で来ていただけました。やくも、こちら玉祖(たまおや)神社の神さま」


「は、初めまして」


「……玉祖神命(たまおやのみこと)です」


「こ、小泉やくもです」


「いろいろお話もしたいけど、あまり時間もありません。これをお願いします」


 巫女……玉祖神命さんは、ハガキくらいの大きさの紙を渡した。




 東窓




 紙には朱色で二文字が書かれているだけ。


「一件だけでいいんですか?」


 俊徳丸さんが聞く。


「うん、初めてだしね」


「分かりました、それじゃ、行きますか」


「はい」


 ペコリと一礼して橋を渡る。振り返ると、もう巫女姿の玉祖神命の姿は無かった。


 しばらく行くと四車線の道を車がビュンビュン走っている。外環状線というらしい。


 そこを渡ると、また、さっきと同じようないま(現代)と昔が混在したような道になる。


「もう、すぐだからね」


「はい」


 クネクネと道を行くと、百坪ほどの敷地の家。


 その玄関を素通りして、家の東側に周る。


 もう夕方に近いので、東側は黄昏色の陰になっている。


「この壁に、さっきの『東窓』を貼って欲しいんだ」


「え、いいんですか、人のお家に?」


「大丈夫、いまはやくもの姿も見えていないから」


 えと、そういう問題じゃないんだけど……ヒャ!?


 微かに足に触れるものがあって、見下ろすと、ネコがわたしの足を素通りしていく。


 わたしってば、空気みたいになっている。


 そういう問題じゃないんだけど、ちょっと気が楽になって『東窓』の紙を壁に近づける。


 ピタ


 まるで、冷蔵庫に磁石パネルを近づけたみたいに『東窓』が張り付いた。


「玄関の方に回ろう(^▽^)」


「は、はい」


 三十秒ほど待っていると、ガラリと玄関が開いて、わたしと同じくらい、ジャージ姿の女の子が飛び出してきた。


「沙也加ちゃん……」


 彼女のあとに続いてお母さんらしい女の人が出てくる。


 ちょっと、おっかなびっくりな様子。まるで、飼い猫が飛び出したのを気に掛けてるみたいに。


「ちょっと散歩してくる!」


「そ、そう(;'∀')」


「うん(^▽^)」


「気ぃつけて、いきや」


「うんうん」


 短い返事をすると、沙也加という子は、スタスタと歩いていってしまう。


 お母さんは、沙也加の後姿を角を曲がっても、心配げに見守っている。


「じゃ、今日はここで帰りますよ」


「は、はい」


「あの子はね、もう三年も引きこもっていて、それが、やっと外に出られたんだよ」


「あの、お札が?」


「あれは、やくもでなきゃ貼れなかったんだ。初めてで疲れがでるかもしれないけど、よかったら、またお願いしたいかな」


「はい、こんなことでいいなら」


 すると、目の前に自動改札が現れた。




 あくる日、わたしは、珍しく遅刻してしまった。





☆ 主な登場人物


やくも       一丁目に越してきて三丁目の学校に通う中学二年生

お母さん      やくもとは血の繋がりは無い 陽子

お爺ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い 昭介

お婆ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い

教頭先生

小出先生      図書部の先生

杉野君        図書委員仲間 やくものことが好き

小桜さん       図書委員仲間

あやかしたち    交換手さん メイドお化け ペコリお化け えりかちゃん 四毛猫 愛さん(愛の銅像) 染井さん(校門脇の桜) お守り石 光ファイバーのお化け 土の道のお化け 満開梅 春一番お化け 二丁目断層 親子(チカコ) 俊徳丸

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