ex. 魔界の王は追いかけたい 5
私のミスコンへの勧誘に昨年まではツチヤさんも同行していたということは、おそらくそのときの『誰?』で嫌悪が突き抜けたのだろうと思う。
そりゃ、中高が同じだったクラスメートに存在を認識されていなかったのだから、怒るのも当然の話だ。
数年前に規模が縮小されてしまったミスコンは毎年参加者数がふるわず、もちろん今年も人数が足りていない。
盛り上がる、盛り上がらないに関わらず、エントリー者数が少ないからこそ、熱心に私と聖を勧誘してきたのだ。
そもそも、抱き合わせで開催している女装コンテストと男装コンテストは、規模が小さくなったミスコンの穴埋めである。
おふざけと内輪ノリが八割だが、それなりに盛り上がっているという話だった。
カピバラ男含め、コンテスト実行委員会はツチヤさんを出場させたい。人数も足りないし、『鷹条のツートップ』と言われているらしい私も出場させたい。
けれど、私が出場すればツチヤさんはエントリーを辞退すると言っている。
そこで出た妥協案が、私と聖の枠を入れ替える、という案だった。聖がミスコンで、私が男装コン。
喧嘩を売ったり売られたりしたけれど、ツチヤさんはどうやら聖が出場するぶんには構わないと言っているらしく、叶がその路線で相談をしてきた。
「だからってなんで私……ミスコンに出れるような顔じゃないよぅ……」
「とにかくミスコンの人数が足りないらしいから。聖が嫌なら断るけど」
膝の上に乗っけている聖の顔面をマジマジと見つめる。
手入れを怠らない白い肌に、丸い大きな目。イタリアの血が入っているからか、こうしてみると二重瞼の形状が違う。
茶色い目が私を見上げ、じわじわと頬が赤く染まっていく。
「聖、可愛いね」
「ぐぅぅぅえぇぇ!?」
「うん。可愛いよ」
言動で顔の可愛さを台無しにするけど。
でも、聖は可愛い。前に言わなかったかなぁ。伝わっていなかったのかもしれない。
私はちゃんと学んだのだ。会話というのは伝えるもので、たとえ言葉を並べ立てても伝わらなければ意味がない、と。
「茶色い目、綺麗だし。猫みたいな口も可愛いよ。瞼の幅が広いのも、目から眉毛までの距離が近いのも好きだよ。あと」
「ストップ!待ってくださいお願いします!どうしたの!?死んじゃうよ!?私、死んじゃうよ!?」
ごろん、と膝から転げ落ちた聖が、両の手で顔を覆った。
あぁ、うん。顔ももちろん可愛いと思うけれど、でもやっぱり、私は聖の手が一番好き。
「伝わってなかったみたいだから」
「殺す気ですか……!瑞ちゃんのそういうところ良くないと思います好き!」
「言わない方が良かった?」
ぴたりと動きを止めて数秒、顔を覆い隠したままぶんぶんと首を横に振る。
これは言った方が良い、ということだろうか。
「聖はツチヤヒロミよりずっと可愛いし、綺麗だと思うよ」
「ぅぅぇぇぇ……瑞ちゃんに真っ直ぐ見つめられたまま口説かれたという事実が私の心臓を止めようとするぅ……!この顔でイケメンムーブされるのキツい、好き!ありがとう、この世に存在してくれてありがとう!存在が尊い!たっといぃぃ!」
「あははは!聖のそれ、照れ隠しなの?」
また変な声で唸った。
聖はたしかに可愛い顔を言動で台無しにする人だけれど、だからと言ってそれで引くようなこともない。どちらかといえば、そういう楽しい聖を眺めているのが好きだから。
眺めるにとどまらず、笑ってしまうことが大半だけど。
ともかく、聖が可愛いと言うのは事実であって、それは"私の恋人"という贔屓目を抜いての話である。知り合ったばかりの頃、謙太郎も聖は美人だと言っていた。
ツチヤヒロミは見た目が派手で、人の目をひくのは間違いない。しかし、美人であるのかと言われたら首を傾げざるをえない。
聖のほうがずっと美人で可愛いと思うのだけれど。
「あんな派手な子、いたかな」
「んぇ?」
「いや、ツチヤさん。同じ高校のクラスメートって言われたけど、あんな派手な子いたら覚えてそうだなって思ったんだけど」
記憶の扉を開けてみても、やはりどうにも思い出せない。
三年で同じクラスになって、一度もまともに会話したことのないオタクグループの顔は覚えているのに。
ま、いいか。
「聖、どうする?」
「…………私がミスコンでたら、瑞ちゃんが男装するの?」
「ん、まぁ、そうなるんじゃない?」
じゃあ、やる。と言った小さな返事に、私も軽く笑って返した。
イメージカラーは赤、か。聖は強い色合いの服はあまり選ばないから、ちょっとだけ楽しみになった。
腹を抱えて笑われている。
男装コンテストに出る、という事の顛末を聞いた墓場太郎が、何がそんなにツボに入ったのかは分からないが、とにかく爆笑していた。
ミスコンに出ないか誘われたと話したときは、良いんじゃね?というようなノリだったのに、ツチヤヒロミの話題あたりで笑いが止まらなくなった。
昼時を過ぎた食堂は、それでも一定の学生がたむろしている。私たちも例外ではない。
三年後期に入り、授業数が減ったために食堂の世話になる回数は減った。けれど、安くて美味い、を満たせるのはやはり学食しかないのだ。
「お前、マジねぇわ。存在すら覚えてねぇのは怒って当然だろ、くく」
「で、ハジメが男装すんの?やべ、あはは!」
腹が立つので大きめの唐揚げを一口で放り込んだら、思いきり頬の裏を噛んだ。痛い。
痛みに顔を顰めたら、口の中にじわっと血の味が広がって、美味しいはずの唐揚げと鉄の味が混ざる。最悪すぎる。
口内炎になったら嫌だし、しばらく聖にキス禁止にしよう。
「衣装、くく、どうすんの」
「謙太、笑い終わってから喋んなよ」
無理、とのたまった謙太郎が、呼吸を落ち着けるように紙パックのいちごミルクを飲んだ。可愛いもの飲みやがって。
「なに着るとか何も決めてない。叶にその辺は自分でやれって言われた」
「男装って言ったらなんだ?スーツとか?」
「お、ハジメー。きたきた」
ニッと笑った晃太郎が、手に持ったスマートフォンをぷらぷらと揺らす。メッセージ画面であることはわかるが、会話の内容も見えなければ、相手が誰であるかも分からない。
「俺は優しいかんなー、助っ人召喚してやった」
晃太郎が指さした方向に顔を向けようとした瞬間、最近になって聴き慣れた声が食堂の入り口から聞こえてきた。
「クーローリーーーナ!さまーーー!」
背中に軽い衝撃、体に回された腕にぎゅうっと後ろから抱きしめられた。
「美人の補給!すぅーーーはぁーーー!くっそ良い匂いすんな!あー!美人!今日も姫さまは可愛いです、あざっす!」
「チエリさん、ちょっと声のボリューム下げて」
「申し訳なさの極み」
振り返ったらニコニコと楽しそうなチエリさんのドアップがあった。その後ろにはダイエットが成功しない優花さんと、相変わらず無口の真理さん。
優花さんだけスーツを着ているが、なんだろう、スカートがパツンパツンだ。
「聖は?」
「レポート出してからくるよー」
「ふぅん」
背中に絡み付いているチエリさんをそのままに、残った唐揚げを食べ進める。
やばい、さっき噛んだところ痛い。
「んで、んで、クロリーナさまが男装するって聞いたんだけど?マジな話?マジのマジ?」
「ん、聖から聞いてない?」
「聞いてないんだよソレが!晃太郎くんからさっき連絡あって、初めて知った!」
チエリさんにぎゅうと首を絞められて、箸からぽとりと唐揚げが落下した。
く、苦しい……
晃太郎に視線で助けを求める。締め落とされそう。
「チエちゃん、ハジメの首絞まってる!」
腕の力は緩まったが、ごめんごめん、と言いながら解放はしてくれない。食べにくい。
「姫さま、姫さま。衣装のアテがないなら、私が作って良い?」
「え、真理さんが作んの?というか作れるの?」
服って自分で作るものだっけ?
私を解放したチエリさんが、真理さんの背中をバシーンと叩いた。真理さん、むせてるけど。
「任せな!コイツの趣味、コスプレだから!」
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