第60話 心霊写真と恋の噺4
分厚いファイルをぱらぱらと捲りながら、よく喋る心霊担当くんの話を聞く。
人工林の謎、と言ったら心当たりがあるらしく、先ほどから資料を探してくれている。
コミュニケーション能力に問題がある奴には三種類いる。
ひとつ、まともに喋れない奴。この場にいる男どもの大半がこれ。
ふたつ、場を保たせるのに必死で喋りすぎる奴。心霊担当くんがこれ。空気が読めずに喋り続けるのはソウマ先輩。
みっつ、そもそもコミュニケーションをとることが面倒な奴。私が陥りかけるのがこれ。
今まさにコミュニケーション能力に問題がある三種が集まってしまっていた。
ただでさえカオスな空間が、私たちの闖入によって手がつけられなくなっている。
最初の五人なんて、まるっきり沈黙しているのだから。
「あったあった!これです、これ。聞き込み調査をまとめたやつっすね。あんまり量はないんで、すぐ読めると思います。先輩こういう資料作るのクソクソ苦手だったんで、めちゃくちゃ死ぬほど読みづらいっすけど。これとは別の資料っすけど、俺いくつか読むの諦めましたもん。しかも誤字脱字が酷いのなんのって」
渡された紙を受け取って、聖と流し読む。
心霊担当くんは現在二年生。オカルト研究会に所属する唯一の心霊担当である。名前は聞いたけれど忘れた。
昨年まで四年生の先輩がいたのだが、彼が卒業してしまいひとりになったらしい。
ここに足を運ぶ前、私たちが読んでいた七不思議ブログの管理者でもある。彼で実に三代目。
今年は心霊現象に興味のある新入生がおらず、このまま卒業まで誰も入らなければ、後を継ぐ者がいなくなってしまうのだと教えてくれた。
「先輩が調査して、林の中もくまなく探したらしいんすけど、なにもなかったって言ってました。まぁ、噂どまりっすね。俺も気になったんでちょっと調べたんすけど、あんまり信憑性ない感じっすねー」
人工林のなかに古い祠がある。という噂。
どうやら何名かの生徒が目撃した、という話があがり、卒業してしまった先輩が調査をしていたらしい。
ただ大学創立当初の資料を調べてもそれらしい記載はなく、人工林を探しても祠は発見できなかった。
結局、調査は目撃者への取材のみで、信憑性のある情報は出てこなかったそうだ。
「瑞ちゃん、なにか分かる?」
「ん、分からないことしか分からない」
「ハジメ先輩って言うんですねー。長女っすか?」
次女です。
正直、オカルト研究会に残っている謎より、両親がなぜ次女に『はじめ』と名付けたのかのほうが謎である。
聞けば教えてくれるのだろうが、謎は謎のままの方がいいこともある。興味がない、とも言う。
ふたばは「お母さんたちはあたしを長女だと思いたくなかったんじゃない」なんてひねたことを言っていたけれど、そこまで深い意味はないのではなかろうか、というのが次女の意見だ。
長い反抗期を拗らせたふたばを、両親はあれだけ熱心に構っていたのだから。
「ゼミの研究で地質調査に赴いた際に祠を見かけた……次に行った時には見つからなかった」
「祠の裏に洞窟があったっていうのもあるよ」
「じゃあ裏山のほうか。かなり奥だね」
鷹取条南キャンパスの裏には小山がある。標高はそこまで高くないし、誰かが入り込んで遭難したという噂も聞かない。
この小山に続く形で、大学の人工林は植林されているのだ。
あの山はそもそも電波も届くし、研究やらなにやらで学生もしょっちゅう入り込んでいる。自殺の名所どころか、事故の一件すら聞いたことがなかった。
それに人死があったのなら、もっと噂になっていてもいいだろう。
「祠の横にお地蔵さん、っていうのもあるよ、聖」
「んぁー、それっぽい……あ、ほんとだ。赤い前掛けをした七人のお地蔵さん。古いお地蔵さんとか、暗いところにあるお地蔵さんって怖いよね」
「分かる。夜道で急に見かけると、ひゅってなる」
供え物がしてあると、なおさら怖い。
人工林の最奥部に祠、洞窟、お地蔵さんの目撃証言。祠だけを見かけた者、祠と洞窟、祠と地蔵の組み合わせで見かけた者。みっつとも全て見かけた者。
様々いるようだが、祠を見かけなかった者はいないようだった。
どの人も、"次に行った時にはなかった"と言っているのが不気味だ。
しかし、心霊現象に見舞われた者はひとりもいない。
なぜ祠を見てもいない人間の写真に、突如として写り込んでしまったのだろうか。
今まで誰も気づかなかっただけなのか、それともなにか理由があるのか。はたまた、あの心霊写真と祠は、なにも関係がないのか。
いま確かなのは、聖の撮った写真に得体の知れない手が写り込んでいた、という事実だけ。
これ、やっぱり寺でお祓いコースかな。
「なにかお役に立てましたかね?」
「うん。噂があるってことが分かっただけでもじゅうぶん。ありがとね」
オカルト研究会のなかでもコミュニケーション能力が僅かに高そうな心霊担当くんに笑いかけたら、なにやら嬉しそうにニマニマしていた。
微笑むだけで喜ばれるなら、口角をあげたまま歩いてやろうか。
そんなことを考えていると、右手をきゅっと掴まれた。
「どした?」
「ううん、なんでもない」
嫉妬か?と思って顔を覗き込んだのだが、聖の表情はそんな可愛らしいものではなく、何かから目を逸らすようにじっと俯いたままだった。
私の手を握る左手が、小刻みに震えている。
「こわくなっちゃった?」
「そん、な、かんじ」
「かえろっか」
もう一度、ありがと、と礼を言うと、メガネのうちのひとりが「尊い……」と呟いた気がした。
女に耐性がなさすぎて、同じ空間に女がいるだけで尊く思うのは面白すぎる。
遠くで、ウォーーーーンと甲高い音が聞こえた。なんだろう。サイレン?火事かな。
遮光カーテンを閉め切っているので見えないと分かりつつも、振り返ろうとした私を聖が止めた。
「瑞ちゃん、かえろ」
「ん、うん」
握り締められた右手が、少し痛かった。
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