第46話

※この先、性的な話題がチラホラ増えますので苦手な方はご注意ください

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新本聖はヘタレである。


自分から仕掛けてくることはほとんどできず、こちらから突くと動揺した挙句腰が引ける。


私のバッグを掴んで引き止めることはできても、自ら手を繋ぐことはできない。

私を抱く宣言をしても、キスすらしてこない。


新本聖は驚くほどヘタレである。


『ということで、温泉に行きませんか!泊まりで!』

「いいよ。いつ?』

『そんなあっさり!?いいの!?』


良いと言っている。


いかに温泉が素晴らしいかのプレゼンを披露してもらったのは良いが、そんなプレゼンがなくても温泉の誘いならば春夏秋冬いつでも快諾する。


そもそも合宿の時に一緒に入っている。あの時は叶もいたし、般若心経を唱えて逃げ出したけれど。


春休み、実家。大学周辺と同じくらいなにもない、退屈なところ。

だけど帰ってきてからの数日、毎晩こうして聖と電話している。


同じ都内に住んでいるのだから、と何回か外で会ったが、案外距離が離れていて満足に遊び回ることはできていなかった。


電話を掛けてくるのはいつも聖だ。通話料が掛からないプランに入っているから、と本人は言うけれど、それは私も同じ。私から掛けたら喜ぶかなぁとも思えど、スマートフォンを手にする前に掛かってきてしまう。


どこに行くか、いつ行くか、予定をすり合わせて詰めていく。聖の両親の趣味のお陰で、今回もまた株主優待券のお世話になれるらしい。


都心から特急電車に乗って行ける距離にある有名な温泉街。わざわざ新幹線に乗らなくても良いのは、交通費が節約できて嬉しい。

大学生というのは得てしてお金のないものだ。


聖の誕生日プレゼントに、以前聖が欲しいと言っていたカメラ用のストラップを買った。年末の大騒ぎ中に気づいて、慌ててネット通販の翌日配送で注文したのだが、聖が自分で買うのを躊躇うだけある。


まぁ、なんと言おうか、正直に言うと高かったのだ。金具にプラチナでも使っているのかと問いたい。


買うつもりだったブランド服の福袋と天秤にかけて、聖が喜ぶ顔に傾いた。まん丸な目に涙の幕が張るくらい喜んでくれたので、福袋を諦めた甲斐があったというもの。

いろんなアニマル柄があったが、迷わずペンギンにした。私だったら猫ちゃん柄一択であるが、私、カメラ持ってないし。


そんなわけで、聖のご両親から譲っていただける株主優待券に、ありがたく飛びつく結果になった。


クリスマスのときに泊まったそこそこ良いホテルも、グレードの高い部屋だったため空いていたらしい。優待券がなければ、ふたり分の宿泊費を捻出するのは無理だったと本人が言っていた。


会話が途切れると、ふと聖の雰囲気が変わることがある。


『瑞ちゃん、いまなにしてる?』


穏やかなのに、どこか熱を含む声。

この空気、あんまり得意じゃない。お尻の下がもぞもぞして、背筋がちょっとだけゾクっとする。


友達に出す空気じゃないことは明らかで、恋人モードだと強く感じた。

恋人か。恋人ね。うん。


あぁ、心臓を素手でさわさわと撫でられている。


「ベッドでごろごろしてる」

『………天蓋付き?』

「なわけないでしょ。ニトリのシングルベッドです」


この人、私のことなんだと思ってるのかな。そう問えば、あっけらかんと『お姫さま!』と返ってきた。


あんまり姫っぽいビジュアルではないのだが。


『ネグリジェ?』

「分かってきいてるでしょ。いつものダルダルのTシャツ」

『ネグリジェ着てよ!』


誰が着るか。


アパートの部屋も、実家の自室も、残念なことにお姫さまらしさは微塵もない。買ったはいいが着ていない服、肌に合わなくて使いきれないまま放置された化粧品、処分していない高校時代の教科書やノート。

高校時代の教科書なんて今後必要になることもないと思うのだが、なんとなく捨てるには忍びない。肌に合わない化粧品も然り。ふたばにあげたら使うかな。それとも叶に押し付けようかな。


汚いわけではないが、整理整頓はされていない。どこか雑然とした雰囲気さえ感じる。

可愛いぬいぐるみなんてないし、レースの一枚もない。


ベッドは普通のシングルだし、カーテンはシンプルなアイボリー。机は小学生の頃から使っている学習机。なにを思ったのか、机の端っこに値札のシールが何枚か貼られている。小学生の自分が貼ったことは明確であるが、なぜ貼ったのか……当時の心境なんて覚えていなかった。


趣味探しの一環で集めた小説や、映画のDVDなんかもチラホラと残っている。こちらもまた、処分するには忍びない品々だ。

中古で集めた物なので、再度売りに出したところで小銭にしかならないだろうし。


一般的な年収の一般家庭で育った、見た目が良いだけの一般的な次女である。

そんな私にお姫さまと言われてもなぁ、という話。


『ネグリジェ買ったら着てくれる?』

「ベビードールなら着てあげる」


『………………』


あ、止まった。発作を起こしているのか、フリーズしているのか。電話越しでは分からない。


ネグリジェもベビードールも着ようと思ったことすらない。そもそもどこで買えるのだろう。


「おーい、しょーちゃーん」

『んぐはッ!』

「あははは!おかえり」


私たちの距離感はなにも変わっていない。ふざけて、冗談を言い合って、ご飯を食べて、時々お酒を飲んで、笑い合う。

からかって、聖が動揺して、それを見て私が笑う。


私は聖と話しているのが楽しくて、そんな私に聖は嬉しそうな顔をするのだ。

なにも変わっていない。


聖は私が好きで、私は聖の一番でいたい。


私の目標、聖の一番の友人になることだったんだけどなぁ。


『瑞ちゃん、もう寝る?』

「んー、うん」


深夜とまではいかないまでも、もう良い時間。毎日電話していて、よくもまぁ話題が尽きないものだと、自分でも呆れてしまう。


そのくせ、時間が足りないなぁ、なんて思ったりもする。


『ホテルの予約取れたら連絡するね』


耳元から静かで、穏やかで、優しい『おやすみ』が聞こえた。あぁ、お尻の下がもぞもぞする。


『…………好きだよ、瑞ちゃん』

「うん。ありがと」


私も好き、とやっぱり今夜も返せなかった。



私たちは何も変わっていない。一緒にいると楽しくて、笑いが絶えない。何も変わっていない。


私は聖の一番の友人になりたかった。

私はいま、聖の一番だ。


何も変わっていない。何も、変わっていないはずだ。



ねぇ、そうだよね、聖。

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