第45話

ベッドに腰掛ける私。部屋の隅で正座をしている聖。


フローリングで正座はただの苦行だと思うが、なぜかそこから微動だにしない。


帰ってきたら扉の前に聖がいた。おかえりと言われたから招き入れた。そこに座った。以上。


「もっとこっち来たら?」

「ここで!……いいです」


このやりとりも三回目。どう考えても距離感がバグってる。


目も合わなければ、それ以上何かを言うわけでもない。ただソワソワしたままかれこれ二十分。

なにこの状況。面倒くさいひとだなぁ。


「聖」

「ウッ……ウゥ、申し訳!ありません!でした!」

「うん。うん?……うん」


土下座。きっちり床に額をこすりつけて、土下座。


えっと?


「えっと?」

「覚悟を決めて、謝罪に参りました!風邪でぼんやりしてる瑞ちゃんが!あまりにも可愛くて!無体を働こうとしました!ごめんなさい!申し訳ありませんでした!」


「………私のこと避けてたのは気まずかったから?」


口から出た声が思っていた以上に細くて、自分でも驚いてしまった。なんか、拗ねているみたいで恥ずかしい。

私以上に驚いた顔で、聖がこちらを凝視している。


ぜんぶ聖のせいなのに。


「いや、あの、ですね……瑞ちゃんに、そのどう思われたかな、とか……色々、そのぅ、思うところがありまして……こ、怖くて、ですね」


怖くて、ですか。


「このおバカさんめ」


心臓の下のところが、なんだがぎゅーっと痛んだ。なんだかそれが気持ち悪くて、誤魔化したくて、心臓あたりの服を掴む。


伺うような目でこちらを見た聖の口元がもごもご。目尻と口角が緩んでいた。

なんでちょっと嬉しそうな顔をしているんですかね、この人は!


顔を顰めて見せると、また口元が緩む。なんなの!


……でも、うん。まぁいいよ、私に飽きたわけじゃないなら。


「えっと、あの、ものすごい自惚れたことを聞いてしまって、あの、その、とても恥ずかしいのですが」

「うん」


「私の存在って、私が思った以上に瑞ちゃんのなかで大きかったり……する、のでしょうか」


本当に、馬鹿なんじゃないかな、この人。


「聖、こっちきて」

「え、あの、えっ」

「いいから。はやく。ここ座って」


ベッドの隣をぽんぽん叩くと、聖が正座したままずるずると移動してきた。そのまま私の足元で止まる。下僕を飼ってるんじゃないんだから。


ふざけてるのかな。


「ここ、座って」

「あの、えーと、しししし失礼つかまつる」

「ふざけてないで、はやく」


御免、と呟いておずおずとベッドにのぼってきた。やっぱりそのまま正座。

下におろしていた足をベッドにあげて、向かい合う。


聖だ。


正座したままの聖を足の間にいれて、そのまま囲い込むように抱きしめた。はい、確保。

だって、にじり寄ったら逃げそうな雰囲気出してるし。


「ぉおんわッ!」

「つかまえた」

「ちょま!ちょ、ちょ、あの、はじめちゃ、あのあのあのあの!ちょ!」


聖だ。


肩にぐりぐりと額を押し付けたら、また意味の分からない言語で喚き出す。耳、近いんだから静かにして。


「ぁぁああ!うあえぇぇ!んんん!」

「うるさい」

「だまります!」


ぴたっと静かになった。


着たままだった聖のコートを剥ぎ取って、逃げないうちにまた囲い込む。

柔らかい髪に鼻先を埋めながら、私なにしているんだろう、なんて考えていた。


でも、聖がいる。私の『楽しい』が、戻ってきた。


「あの、はじめちゃ」

「つまらなかった」

「うぇ」


つまらなかった。聖がいない日々は。


つまらなかった。聖との約束がない日々は。


「嫌だった」

「ごめんなさい」

「そうじゃない」


嫌だった。聖に避けられるのは。


嫌だった。聖に無視されるのは。


それだったらあの時、マスク引き摺り下ろして風邪をうつしてやれば良かったって、そう思うくらいには。


「賞味期限、まだきれてない?」

「な、なんの?」

「私の」


んぇ!と、また変な声。


もぞもぞと回していた腕を解かれた。そのまま手をとって、ぎゅっと握られる。私の手を包み込む、聖のコンプレックス。


手は小刻みに震えている。


「瑞ちゃん」

「うん」

「あの」


すぅーと鼻から吸って、はぁーと口から吐く。三回繰り返して、もう一度私の名を呼んだ。


手の震えはとまらない。


「瑞ちゃん」

「うん」

「すぅーーーはぁーーー」


四回目。それ、あと何回繰り返すの?


ぎゅっと握り返してみたら逆効果だったらしく、マッサージ機かと思うほど震え出した。え、人間の手ってこんなに震えるの?めちゃくちゃ振動がくる。


すぅーーーはぁーーー!五回目。

だけど、これが最後だなって、なんとなく思った。


「私は瑞ちゃんが好きです」


聖が、清水の舞台から飛び降りた。


「瑞ちゃんに恋をしています」


私は、引き止めなかった。


「瑞ちゃんの恋人になりたいです」


手の震えを止めるように、包み込まれた手を包み返して、ぎゅうと握る。それでも震えは止まらない。


だけど、聖の目はまっすぐにこちらを射抜いている。


「いいよ」


私は、飛び降りた聖を受け止めた。



停止時間およそ一分半。長いフリーズを経て再起動した聖は、カクカクと変な動きをしたあと、喉の奥から謎の音を捻り出した。


変な音が多彩すぎる。奇声の宝箱やー。


「い、いいいい意味!わかってる!?ここここ恋人だよ!?す、す、す、好きって言ってるんだよ!?」

「わかってるよ」


「わ、わ、私!あの!え!?いいの!?なんで!?」


くわっと目を見開いた聖が私の両肩を掴んで捲し立て始めた。

勢いが凄すぎて怖いし、掴まれた肩が若干痛い。


「私の好きって性欲込みだよ!?めっちゃ込み込みだよ!?き、き、キスとか、触れるだけじゃなくて、舌絡めて吸い付いて唾液交換したいとか思ってるソレだよ!?プラトニックじゃないよ!?不埒だよ!?瑞ちゃんの全身観賞して、隙間なく撫でまわして、股座に顔突っ込んで舐めまわして、指突っ込んでぐちゅぐちゅにしたいとか!声が枯れるまで喘がせたいとか!そういう好きだよ!?女の子の瑞ちゃん相手にそんなこと考えてる好きだよ!?」


「ふふ、あは、あははははは!やっば!あははははは!んふ、ふ、ふふ、あはははは!」

「わ、わわわわ笑い事じゃあないんですよお嬢さん!そんな簡単にいいよ、なんて言っちゃダメでしょ!もっとちゃんと考えて!」


あぁ、やっぱり聖が一番面白い。聖といるのが一番好き。


いたたた!私の肩を握り潰す気なのか、それとも粉砕するつもりなのか。聖が面白いくらいに混乱している。


ある程度の算段があって告白したわけじゃないの?それとも玉砕覚悟だったわけ?

もし私が嫌だと言ったら、ねぇ、聖はどうしたの。


また逃げるつもりだった?それは少し、頂けない。


「舐めまわされちゃうんですよ!?ここ、こ、腰砕けにされちゃうんでございますことよ!?わかってるでありんすか!?」

「あはははは!ひぃ、おなかいた、くふ、ふふ、あはははは!かん、べんして!あはははは!」


「も、もう!あの、あのね、ほんとにいいの?私、女だし、盗撮犯だし、留年してるし、挙動不審だし、ほんとにいいの?私、ほ、本気だよ?」


股座に顔突っ込んで、とか、ぐちゅぐちゅあたりは流石に引いた。でも、目をぐるぐる回して、ひとりでパニックになっている聖が面白かったから許してあげる。


女?ふぅん、どうでもいい。

盗撮犯?それ含めて聖でしょう。

留年?ふぅん、どうでもいい。

挙動不審?むしろ挙動不審じゃない聖は聖じゃない。


笑いすぎて攣りそうになっている腹筋をなんとか落ち着けて、いまだ不安げな顔をした聖に言ってやった。


「腰砕けだっけ?ふふ、やれるもんならやってみな」


轟沈した。



のらりくらりな態度のままでいることが、私をふたたび退屈に突き落とすと言うのなら、清水の舞台から飛び降りた聖を受け止めたほうがいい。

聖の恋人になれば聖の隣にいられるというのなら、私は聖の恋人になる。


聖の言う恋人に、キスもセックスも必要ならば、キスもセックスも受け入れる。


唾液の交換だってしてあげる。舐めまわされて、指突っ込まれて、ぐちゅぐちゅにされてあげる。喘ぎながら、聖って呼んであげる。



だから、もう私から逃げたりしないで。

私はもう、退屈に耐えられない。

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