第21話
常連のサラリーマンに、ウイスキーを出す。メーカーズをニートで、チェイサーはソーダ。
「どうぞ。お疲れ様です、カワタさん」
「ありがと、ハジメちゃん」
私が初めて出勤した日に初めて来店し、そのまま常連となったひと。毎週月曜日に必ず来店してくれる。
「お仕事大変そうですね」
グラスを拭きながら話題を振る。緩めたネクタイ、くたびれたジャケット。カワタさんは営業マンだ。
「今月はね、なんとかノルマ達成できたから。忙しいし大変だけど、ハジメちゃんに会うために頑張ってる」
「お上手ですね」
と、まぁ、そういうこと。二度目に来店して以降、こうやって口説かれている。もう一年半になる。
マスターはカウンターの端に座った別の常連と話している。あの人はマスターのファン。本人が自称していた。
「大学はどう?楽しい?」
「はい、楽しいですよ。最近新しい友人もできましたし」
「そっか、いいな。俺も大学が一番楽しかったよ。新しい友だちは男の子?」
女の子です、と返すと、嬉しそうに笑う。
マスターからは、付かず離れず、口説き文句には肯定も否定もするな、と言われている。ひとり客は酒を飲むよりも、話をしたい人が多いのだそうだ。
とくに、店員目当てで来ている客は逃すな、でもぜったいに深入りもするな、と。
「そういえばね、俺の後輩、会社辞めちゃったって話したでしょ?」
「はい。飲食店を初めたんでしたっけ」
「そうそう。そいつね、ハンバーガー屋さん始めたんだって。しかも、ここの東口」
東口に最近オープンしたハンバーガー屋さんと言えば、ひとつしか思い浮かばない。
カワタさんが、お通しのナッツをぽりぽりとつまむ。
「私たぶん、そこ行きましたよ。友人と」
「え、ホント!?あいつ、いた?細マッチョのイケメンなんだけど」
「いましたいました。感じよかったですし、美味しかったです」
イケメンだったかは忘れたが、アロハシャツの下に筋肉が隠れていたことは覚えている。湘南の海にいそうな雰囲気だった。
「いつもね、サーフィンに誘われるんだよ。のらりくらりでかわしてるんだけどさ、俺じつは泳げないの」
「ふふ、たしかにサーフィン好きそうでした。お店の雰囲気もそんな感じでしたし。あ、ちなみに私も泳げませんよ」
「おー、おそろいだ。浮くんだけどね、泳げない」
小中学生の頃、泳げないことがコンプレックスで、水泳の授業が苦痛だった。スクール水着が似合わないと、揶揄われたことも苦痛だった。
だから、高校はプールのないところを選んだのだ。
グラスのウイスキーを、クイっと飲み干した。ペースが早い。まだ月曜ですよ、カワタさん。
「同じの、もらっていい?」
「用意しますね」
「ハジメちゃんも一杯どうぞ」
お礼を言って、メーカーズのボトルを手に取る。ついでに自分の炭酸水も用意する。
私が飲むのはただの炭酸水だけど、伝票につけるのはハイボール。店長から許可は貰っている。
帰り、原付だし。飲酒運転するわけにはいかないでしょ。
「かんぱい」
「かんぱい。いただきます」
「どうぞ」
カワタさんのグラスに、音をあまりたてないように私のグラスをあてた。ひとくち、ただの炭酸水。酔うわけがない。
ジャケットの胸ポケットからタバコを取り出したのを見て、カワタさんの前に灰皿を置いた。
カワタさんのタバコは加熱式で、あまり煙の出ないもの。マスターは加熱式タバコは美味しくないと言って、かたくなに拒否していた。
カラン、カラン、と入口のベルが鳴った。
「いらっしゃいませ」
「あ、ひとり、です」
「カウンターへどうぞ」
マスターが対応している間に、おしぼりとお通しのナッツを用意する。
珍しい、月曜なのに本日三人目。
金曜と土曜はそこそこ混んだりもするが、それでもこの店の客足は伸びない。私ともう一人、フリーターの先輩をアルバイトで雇っているが、私たちの時給をどこから捻出しているのか、心底不思議だ。
「瑞ちゃん、こんばんは」
「……え、聖!?」
「来てしまいました」
カワタさんの横、ひとつ開けた席に聖がいた。
あ、そうだ、今度おいでって、店の名刺を渡したのは自分だ。本当に来てくれるとは思わなかった。
「ちょい失礼……ハジメのお友だち?」
「あ、はい。はじめまして。新本と申します」
「ようこそ、ストゥルティへ。店主のウエナリです。上に、成り上がりの成りで、上成」
挨拶を交わしているふたりの邪魔をしないように、おしぼりとナッツを置く。
この店には分かりやすいメニューが置いていない。私は勝手に、上級者向けのバーだと思っている。
ストゥルティは店名で、マスターに聞いたらラテン語で「愚か者」という意味だと教えてもらった。
ストゥルティはマスターのことなのか、それとも客のことなのか、それは知らない。
視線で、あとは任せた、と言われたので、聖に向き直る。
「どう?」
「超格好いい」
「ありがとう。なに飲む?」
視線が彷徨う。ごめんね、メニューないの。
「えと、じゃあ瑞ちゃんのお勧めで……甘いの」
「かしこまりました」
ぅゔん!の顔をしていたけれど、さすがに店の雰囲気には負けたらしい。控えめな「ぅゔん!」だった。
シェイカー振ってやろう。
マリブ、ルジェ・クレーム・ド・アプリコット、ミルク、パインジュース。甘く可愛らしいトロピカルカクテル。
カクテルのアレンジはマスターから許可されている。ベースのミルクに少しだけココナッツミルクを足す。トロピカル感ましまし。
ピニャコラーダはラム酒を使うが、これはアプリコットリキュールを使う。
甘く、可愛く、スタンダードなピニャコラーダでもない。薄いクリーミーなオレンジ色は、聖によく似合う筈だ。
カワタさんと聖から視線を感じながら、シェイカーを振る。緊張するからあまり見ないで欲しい。
「俺いっつもウイスキーだから、なんか新鮮」
「カクテルもお作りしますよ」
「じゃあこれ飲み終わったら、お願いしようかな」
クラッシュアイスを詰めたゴブレットに、薄黄色の液体を静かに流し入れる。
切れ目の入ったカットパインをグラスの縁に刺し、チェリーとパイナップルの葉を飾る。最後にオレンジ色のストロー。
「アプリコット・コラーダです。カリブのカクテル、ピニャコラーダのラムをアプリコットリキュールに変えた一品です」
はぁー、自分で作っておいてなんだけど、めちゃくちゃ可愛い。
「かわいい……」
「でしょう?聖はオレンジとか黄色が似合うから」
アプリコット・コラーダは度数もそこまで高くない。ロングカクテルに分類されるもので、長くゆっくり楽しめる。
アプリコットリキュールではなくストロベリーリキュールを使用したストロベリー・コラーダもあるが、聖の印象にそこまでのベタ甘さはない。
「どう?」
「おいしい……なんか、すごい……海が見える」
「あはは!波の音も聞こえればいいんだけど」
聞こえる、聞こえる!と頷く聖に笑いながら、カワタさんのグラスも確認する。まだ二口ほど残っているが、なにを作るか考えておいたほうが良いだろう。
しかし、本当にペースが早い。
カワタさんならショートかな、とも思ったが、ロングにしてペースを落としてもらったほうがいいかもしれない。
この人、明日も仕事があるはずだ。
そう思っていたら予定二口を、一口で流し込んだ。
「俺も、南国っぽいやつがいいな」
「青と黄色、どちらがお好みですか?」
「青、かな」
茶色いボトル、ドランブイ。青いボトル、ブルーキュラソー。あと、テキーラ。
求められている気がしたので、今回もシェークだ。
ドランブイを使ったカクテルはエメラルド・ミストのほうが好みだが、カワタさんのイメージではない。くたびれたこの人に出すには、少し印象が冷たすぎる。
グラスを用意して、シェーク。ソーダを注いで、軽くステア。
ライム、レモン……うーん、レシピだとライムだけど、今日はレモン。輪切りのものをグラスに飾って、細いストローを二本挿す。
澄んだ青の中に、炭酸の小さな気泡がゆっくりと上り、ぱちぱちと弾ける。
「お待たせいたしました。コルコバードです。名前の由来はリオデジャネイロの丘、コルコバードから。コルコバードの丘からは、青く美しい海岸線の景色が見えるそうです。強いカクテルですので、ごゆっくりお楽しみください」
「うん。綺麗だ」
まっすぐにこちらを見つめながらそう言った。なにも言わず、微笑みだけ返す。たとえ出会った場所が違くとも、私がカワタさんを選ぶことはきっとない。
私はただ、聖の視線を感じていた。
聖の滞在時間は一時間ほどだっただろうか。数杯のカクテルを出したが、足元が覚束なくなるようなこともない。
終電大丈夫?とこっそり聞くと、少し慌てて帰っていった。
「カワタさん、カワタさん。大丈夫ですか?」
「んん、うん……」
「ハジメ、あがっていいよ。代わる」
カワタさんは完全に酔っ払っていた。カウンターに突っ伏して、その意識は半分以上寝てしまっている。
「すみません、お願いします」
「ま、今日は結構無理な飲み方してたしね。あ、そういえばハジメ」
「はい」
上がる前にグラスだけ片付ける。日付が変わるまであと二分。
「あの子でしょ、盗撮の子」
「ですです。可愛いでしょ」
「うん、好みじゃないけど」
唇の端を歪めて笑うマスターに、苦笑で返した。マスターはすぐそっちのほうに結びつける。
でも私は、そういうマスターが嫌いじゃない。
マスターがカワタさんを起こす声を背後に、着替えて店を後にした。
バッグを原付のフックにかけ、キックレバーを出す。ハンドルを持ってレバーを蹴ろうとした瞬間、誰かに肩を強く掴まれた。
「ハジメちゃん!」
「かわ、たさん……」
「ハジメちゃん、おれ、おれ!」
ふらふらになったカワタさんに両肩を掴まれて、思わず原付のハンドルに縋る。
原付をとめていたのはビルの裏、ただでさえ人の少ない深夜、ここはほとんど人がこない。
なんで、さっきまで寝てたじゃん……
ぐらついた手元に驚くまま、原付のハンドルから手を離したのが間違いだった。ぐっと肩を押されて、ビルの壁に背中を強く打つ。
「いっ、た……」
「すきだ。きみが。おれ、きみがすきだ」
「カワタさん、い、たい……ちょっと、おちついてくださ、っ!」
ガン!と、カワタさんが何かを蹴った。あ、原付……
カコン、とヘルメットが地面に転がった。
酒でうつろになった目が迫ってくる。鼻先に、酒気の強い吐息を感じた。
こわい。
「ハジメちゃん……はじ、め……はじめ。すきだ」
「離して……!」
こわい。
こわい!やだ!
押し付けられた手を離そうともがいても、大きな手は外れない。顔を逸らして、唇を避ける。
やだ!こわい!
「お巡りさん!こっちです!」
私もカワタさんも驚いて、ほんの少し空白の時間ができた。
「っ!……た、助けて!」
絞り出した声は震えていて、ぜんぜん大きな音にならない。
覆い被さっていた大きな影が、ばっと離れた。一歩、二歩、後ずさって、背中を向けてカワタさんは逃げた。
意味、わかんない。なんでそっちが傷ついた顔してるの。意味、わかんない。
ずる、ずる、と壁に背中をつけたままへたり込んだ。あぁ、腰が抜けた。
「瑞ちゃん」
「……しょう?」
「うん。しょうだよ」
私の前にしゃがみこんで、聖が顔を覗き込んだ。なんで、ここにいるの……
「……おまわりさんは?」
「咄嗟にウソついちゃった。もう、だいじょうぶだよ」
「こ……こわかったぁ……」
抱えた膝のあいだに、はぁとため息を落とす。まさかカワタさんに乱暴されかけるなんて思ってもいなかった。
穏やかで優しいひとだと思っていたけど、私が知っているカワタさんはストゥルティの狭いカウンターから見る、くたびれた姿だけ。
普段のカワタさんがどんな人なのか、どういったことを考えるのか、どんな行動をとるのか、私はなにひとつ知らない。
私にあわせてしゃがみ込んでいた聖が、手を伸ばして私の髪に触れた。
「だいじょうぶ?」
「うん、おかげさまで」
本当に、聖のおかげで助かった。肩を掴まれて、背中をちょっと打ったくらい。唇のひとつも奪われることはなかった。
一番の被害者は蹴飛ばされた原付バイクだろう。
ところで。
「なんで聖がここにいるの?」
「あー、それは、うん、あの」
気まずそうに口を開いて、教えてくれた。
なんと、終電に間に合わなかったらしい。改札を通る前に、最後の電車がホームから出て行くのが見えて諦めたそうだ。
この駅唯一の漫画喫茶で仮眠し、始発で帰るつもりが、隣のブースから聞こえるイビキに耐えきれず出てきたのだという。
「瑞ちゃんがまだお店にいたらいいなぁって思って戻ってきたら、声が聞こえて……」
人通りのないこんな路地裏で聖に助けられたのは、奇跡とも言って良いだろう。
終電を逃した聖には申し訳ないが、戻ってきてくれて嬉しかった。
ヨタヨタと立ち上がった聖に手を貸してもらい、私もヨタヨタと立ち上がる。
「あはは、老老介護みたい」
「瑞ばあさんや、ちょっと腰を揉んどくれ」
「いくら年取ってもぜったいにばあさんとか呼ばれたくない!」
聖の手が私の肩を触って、腰を触って、ちょっとだけ心配そうに顔を見た。
「どこも怪我とかない?」
「うん、へいき。ありがと」
「よかった、ほんとに」
蹴飛ばされた箇所を調べたが、街灯の明かりも乏しい路地では傷の確認はできなかった。そもそも、もともとがオンボロバイクだ。いまさら傷のひとつが増えたところで、走行に支障がなければ問題ない。
「えと、じゃあ、また明日」
「聖、どうやって帰るの?」
「んー、タクシー拾う」
少しだけ迷って、ダサイ半カップヘルメット を聖の頭に乗せた。
「聖、道路交通法違反しよう」
「んぇ?」
「道交法違反」
ぼけっとした聖を置いて原付に跨り、ハンドルをぐいぐい操作して進行方向に向ける。
あ、と思い出して、キックでエンジンをかける。心持ち前方に座って、聖が乗るスペースを確保した。
「乗って」
「ぇ、あ、えと」
「ローマの休日ごっこしよ。ベスパじゃなくて、ディオだけど」
失礼します、と躊躇いがちに囁いた声が、スクーターの小さなエンジン音に重なる。
二人乗りを想定していない車体が、明らかな過積載でぐっと沈み込んだ。
前輪のサスペンションが軋んだが、底付きもしていない。いける。
「ど、どこ掴めばいい?」
「んー。肩でも腰でも。好きなとこでいいよ」
「じゃあ、えっと、失礼して……」
腰に置かれた手があまりにもソフトでくすぐったい。文句を言ったら、今度はぎゅっと腕が回された。
「こ、こ」
「こ?」
「腰、ほそ……」
あはは!と笑って右手のアクセルを回した。うお、進まない!徐々にアクセルを開けていくと、オンボロ原付が文句を言いながら進み出した。
路地から大きな道路に出ても車通りはひとつもない。
車がいないと、つい気が大きくなって速度を出しがちになる。けれど、自重。今日は私以外の体も乗せているから。
ブゥーンという軽いエンジン音。カーブのたびに、怖がる聖の手が私の服を掴む。ちゃんと踏ん張れるスニーカーで良かった。
いつもヒールで原付に乗っている私が言うのもなんだけど、今日の走行スタイルは一段とおかしい。
「はぁー、さむぅ……」
「んぇ?瑞ちゃんなにか言った?」
「寒いって言ったのー!」
誰もいない信号を律儀に待つ。驚くほど人も車もいないけれど、信号くらいはきちんと守る。
青に変わったことを確認して、ふたたび走り出した。
ハイウエストのスカートがはためいて、ボアパーカーを突き抜けた冷たい風が肌を刺す。だけど、後ろに背負った体温は暖かい。
ノーヘルで、原付一種の二人乗り。悪いことをしている感じがする。
もともと速度の出ないオンボロ原付で、いつも以上にゆっくりゆっくり走る。バイクに無理をさせている自覚はあった。
二人分の体重で、きっと百キロ近くはあるだろう。いくら痩せ型とはいっても、二人とも身長も胸もそれなりにあるのだから。
いつもより倍近い時間をかけてアパートまで帰ってきた。
聖の住まいまで送っても良かったが、無理な二人乗りが怖いみたいだったし。
あと、ちょっとだけ。ほんのちょっとだけ、ひとりになりたくないと思ったから。
鍵を開けて、玄関の明かりをつける。靴の箱が積んであるのは変わらず。
「おじゃまします」
「おかえり」
「え!あ、あ、ただいま!」
バッグをベッドに放り投げて、風呂を沸かしにいく。
「すぅーーーーーはぁーーーーー」
「おい」
「だって良い匂いするんだもん!」
前回同様、我が家唯一のスウェットを聖に投げる。下着は今回もおろしたてのものをプレゼントだ。
「一緒に入る?」
「んうぇぇ!?そそそそういう冗談はやめましょう二橋さん!」
「もう一時回ってるし、時短になるかなって思ったんだけど」
聖の反応は想像がついていたので、笑いのツボは守られた。
半分冗談、半分本気。聖なら拒否するだろうなとは思っていたけれど、一緒に入るならそれはそれで構わない。湯船も女がふたり入れるくらいの広さはある。
冗談を言い合って、まだ開けていなかったスキンケア用品をふたりで試して、お互いの髪を乾かしあって、時計が二時半を挿したところでベッドにはいった。
今日も、背中を向けて体を丸めている。
暗くなったところで、先ほどのカワタさんを思い出した。
今日のあれは誰が悪いのだろう。
酒で自制心を失ったカワタさん?ペースが早いと分かっていながら酒を提供した私?
「瑞ちゃん」
「なぁに?」
「あぁいうこと、よくあるの?」
あぁいうこと。カワタさんに迫られたこと。肩を掴まれ、壁に背中を打ち付けられたこと。酒臭い吐息で、唇を求められたこと。
好きだと言われ、無理に気持ちを求められたこと。
「あったら男友達とつるんだりしないでしょ」
「そっか」
あんなことが頻発していたら、私は今ごろ男性不審になっている。
車両を変えても、必ず私の正面に立つ人がいた。すれ違ったと思いきや、わざわざ戻ってきて顔を覗いてきた人がいた。
そのどれも男だったけれど、気味が悪いのはその人たちであって、男性全てがそういった恐怖を与えてくるわけではない。
晃太郎や謙太郎たちも男性だが、違う人間だと私はきちんと分かっている。
衣摺れの音がして、聖がこちらを向くのがわかった。
寝ぼけた中でされた先日のそれより強く、バイクに乗っているときより弱く、背後から抱きしめられる。
「こうしてていい?」
「ちょっと手ゆるめて」
寝返りをうつように、聖のほうに体の向きを変える。
一瞬だけ、至近距離で目があった。やっぱり向かいあうと距離が近い。
胸元に顔をうずめ、背中に手をまわした。
「こっちで」
「ぅゔん……うん、うん」
スウェットから漂うのは愛用している柔軟剤の匂いで、二人分の体温で上がった布団の温度が心地よくて、だけど布越しでは、聖の鼓動は聞こえなかった。
女の子の、聖の、からだのやわらかさにただ安心した。
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