第8話

「なんで仲良くなってんだよ!」


特盛牛丼つゆだくを大口で食べながら、何故か晃太郎に怒られている。

飲み込まずに喋るため、テーブルのあちこちにご飯粒が飛んで、まぁ汚い。謙太郎が舌打ちしながら布巾で拭いていた。


「なんか話が盛り上がって」

「話すこととかあんの?ハジメ、写真好きだっけ?」

「いや、その話はしてないよ。メイク道具の話とか」


女子みたいなことしてんじゃねぇ!と言った瞬間、謙太郎の皿にご飯粒が落っこちた。

謙太郎の拳が晃太郎の肩にめり込む。晃太郎が悪い。


「女子だよ」

「死ね、晃太郎」

「いてぇ、いてぇ!やめろ!ごめんって!」


キューティクルの死んだふたりの戯れを無視しながら、私も生姜焼きと白米を口に運ぶ。甘めの味付けが好きなのだが、米に比べていかんせん肉の量が多い。


三分の一を謙太郎のチンジャオロースに放り込む。生姜焼きがピーマンと肉になって帰ってきた。サンキュー。


「ケンくん、あたしのも食べる?」

「食う。サラダやるよ」

「いいなー、カナちゃん俺にもちょうだい」


長丁場の火曜、恒例の昼食。本日は何故か、謙太郎のカノジョさんもご同席である。

謙太郎と並んで座ればいいのに、私の右隣で西京焼きを召し上がっていた。


たしかに墓場太郎が横並びで、私が謙太郎の正面に座る形がデフォルトだが、どうにもこの配列はおかしい気がする。

私が謙太郎の正面をカナちゃんに譲れば良かったのだろうが、彼女が参加したのはすでに食べ始めてからだった。


なによりもご飯粒マシンガンを撒き散らす晃太郎の正面は可哀想だ。私も嫌だ。


「ハジメー、漬物」

「ん。生姜焼きもあげる。あとキャベツも」

「で、いつ飲みにいくん?」


カナちゃんにサラダを渡しながら、謙太郎に訊かれる。クルトンが散りばめられたシーザーサラダ。

私のシーザーサラダはすでに空になっている。サラダがあるのに、キャベツまでいらない。


「飲みじゃなくてお昼ご飯。ということで、明日は私いないから」

「一限は?」

「出る」


昼なら危なくねぇか、と謙太郎は言うが、ストーカー予備軍の人柱にされるより、あの子の方が断然安心だと思う。

カナちゃんには未だに内緒らしいので、ここでは黙っておくが。


ちら、と横を確認する。もくもくと食べ進められる西京焼きにそぐわない、強い香水の香り。隣にいるからか、いやに鼻につく。

香水は鏡では確認できない。私もつけすぎには気をつけようと心に留めた。


「食堂だったら俺らが遠くで見張ればいいんじゃねー?」

「お前ら私のなんだよ」

「心やさしきお友だちだろーが」


晃太郎の口から飛び出たご飯粒を、カナちゃんがトレーをスッと引いて避けた。素晴らしい反射神経である。


そういえば、カナちゃんとここまでお近づきになるのは初めてのことだった。晃太郎は同じサークルだが、二人以外に接点のない私は学内ですれ違っても挨拶すらしない。


いまも、彼女は私に話しかけてこない。


私も話しかけない。なんとなく話しかけづらい空気を醸されている。


「お、きたよ。盗撮魔ちゃん」

「飯行くのに名前しらねーの?」


常にあの四人でつるんでいるのか、先週見かけたのと同じメンバーだった。なんで統計基礎学だけひとりで受けているのだろう。先週と今週が例外なのかな。


「読み方がわかんない」

「は?」

「ん」


スマートフォンの画面に盗撮魔ちゃんのメッセージ画面を出して、ふたりに差し出す」


「にいもと」

「しんもと」


新本聖


「ニイモトなのか、シンモトなのか。セイなのか、ヒジリなのか」

「ハジメも人のこと言えねぇ名前だしな」

「俺ずっとミズキだと思ってた」


二橋瑞


一発変換で出ない。郵便物の漢字が間違えている。教師に読み方を間違えられる。その他もろもろ。


名前の読めない盗撮魔ちゃんと目があったので、ひらひらと手を振っておいた。

四人組がきゃあきゃあと姦しく騒ぐ声がここまで聞こえる。楽しそうだ、女子四人組。


「晃太郎くん、服にご飯ついてるよ」

「マジ?あ、マジだ」

「汚ねぇなぁ。ガキかよ」


カナちゃんは私に話しかけてこない。私も話しかけない。

嫌われるようなことしたかな、などと考えるのは流石に性格が悪かろう。私は現在進行形で、カナちゃんに嫌われざるをえない立ち位置にいるのだ。


嫉妬深いカノジョを持つと大変ですこと。


謙太郎はカナちゃんが私に対してギスギスした雰囲気を醸していることに、おそらく気づいている。だからこいつは私とカナちゃんをなるべく引き合わせないようにしているし、軽音サークルの飲み会にも誘わない。


謙太郎とカナちゃんが付き合い出すまでは、私もときおり軽音サークルの集まりに参加していた。

音楽の才能がこれっぽちもなくて本当に良かったと思う。同じサークルで常にこの雰囲気を出されたら、場がギスギスするどころの話ではない。


視線を感じて顔を上げると、盗撮魔ちゃんのグループがこちらを見ていた。目が合う前に全員から目を逸らされる。


なんだかなぁ。


なんだかとても気分が悪い。

安物の腕時計を確認すれば、三限が始まるまでまだ時間があった。


心配そうにカナちゃんをちらちらと確認する謙太郎。能天気な顔で漬物をかじる晃太郎。敵意剥き出しのカナちゃん。遠くからこちらを見ては、なにやらクスクス笑う盗撮魔のグループ。


食べ終わったトレーを持って立ち上がる。


「行くわ」

「はやくねー?」

「コンビニ寄る」


カバンを肩にかけると、その重さがずっしりと食い込む。これもまた不快だった。

じとっとしたカナちゃんの目を、あくまで冷静に見つめ返す。あんたの彼氏なんて盗らないから、安心しなよ。そういうつもりで。


目は口ほどに物を言う、なんていうが嘘だ。


カナちゃんには伝わっていないだろうな、と思いつつ盗撮魔グループを避けて食堂を後にした。



三限のドイツ語。謙太郎からきた「カナがスマン」のメッセージも、不快だった。

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