第二部

1話

俺は今、お嬢様に壁ドンとやらをされている。どうしてこうなった。


俺の名前はアルフレド。平民なので氏はない。現在いる国の隣国、緑豊かな国ファルコニアの出身である。現在壁ドンをしているお嬢様もファルコニア国の出身なのだがそれはさておき。だ。どうしてこの隣国に彼女の一族と俺がいるかの話をしよう。

ざっくりいうと、ファルコニアの王太子からの婚約破棄と宰相らからの一族にふっかけられた冤罪にて、一族諸共処刑だったところを辛くも逃れ、お嬢様の先祖がこの国の王族だったため、その伝手を使ってこの国に移住した。というのが真相である。

お嬢様は其れで説明がつくが、たかが1兵士、現在無職の俺までなぜ?と問われると。

一言でいえば職務放棄して、お嬢様を処刑される前に塔から連れ出して逃げた。それに尽きる。兵士としては失格だが、人間としては惚れた女を見捨てなかったという点では、後ろ指さされる生き方はしていないと自負している。それは兎も角として、だ。


「何で俺は壁に貼り付けられてるんでしょうね?」


「アルフレドが逃げるからですわ!」


ぐいぐいと、シンプルだが北の塔に幽閉されていた時よりも品の良く高貴なドレス姿で俺に体を押し付けて逃がさないようにするお嬢様。あの時は肌も、髪もぼろぼろで、桜色の爪もひび割れていたけれど。この国に世話になってからは元の球の様な肌やサラサラの髪、ひび割れは残るが美しい爪へと戻っているのが分かり。俺は少しだけ安堵して目尻を緩めた。それを勘違いしてか――お嬢様はむぅ、と頬を膨らませている。


「なんですの!私では貴方を留められないと思ってまして?」


「いえ、そういうわけじゃないんですけどね?」


唯の思い出し笑いという奴だ。あの時は本当に破天荒で。淑女なのに床に這いつくばったりブリッジして腰を痛めたり、スープを格子にかけたり、ベッドシーツを切り裂いて紐にして脱出しようとしたりとまぁ、あの手この手で生き残ろうとしていた彼女の諦めの悪さは、十分に知っている。そのことが今、目の前の彼女の溌溂とした様子を俺が見ていられることに繋がるのだが。

さて、俺がどうしてこの様な状況になったかというと。だ。


お嬢様の命の恩人として共に亡命し、隣国に拵えられたデスパイネ家の邸宅にお世話になっていたのだが。そろそろ俺も働き口を探さねばならない。

此方の国の兵士がどの様な強さかはわからないけれど、採用条件として俺は不利だろう。何せ今は国交も危うい状態になってしまった隣国の出であり、孤児出身の俺は学もない。この国にルーツを持つデスパイネの家のコネで就職するにしろあまりにもおんぶにだっこすぎて逆に申し訳ない。ということで。俺は就職のために現在就職情報等の広告を集めていた、のだが。

それを見咎めたお嬢様に壁ドンされて今に至る。


「だから、私に永久就職すれば良いと言ってますでしょう!?」


「ひもはいかんでしょひもは!後平民と貴族って身分の違いが。」


このやり取りも早数度。この家から俺を出したくないらしいお嬢様と、早く自立したい俺の攻防は、処刑が迫っていたあの時とは攻守を変えて現在絶賛継続中である。

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