25日目

本日は生誕祭である。誰のか?初代国王のである。生誕祭といえばこの日だけは囚人にも少し手の込んだ料理がふるまわれることが慣習になっている。そのはず、なのだが。


「……これはどういうことなんだ?」


「えっと……。私も厨房の方に確認はしたのですが。」


申し訳なさそうに夕食を持ってきたメイドは言う。その手に持つ膳は何時もの貴族にとっては質素なものであった。自分は新兵の頃この生誕祭の日に罪人へ料理を運んだことがある。その時には質素なものにニワトーリのチキンがついていた筈であった。が、それもみあたらない。因みに貴族様はシッチメンチョーという高級な鶏肉で料理をするらしい。どんな味なのだろうか。俺は少し腹が減った。

それは兎も角として、だ。


「幾ら何でも生誕祭まで無視するというのは尋常じゃないだろう。」


初代国王はこの国の周囲を覆う大きな森を切り開いた開拓団のうちの1人だったという。遠い海の向こうからやってきたんだとか。実際はどうなのかはその当時生きていないからわからないが。国王に就任する際に、唯一この祝日だけは自分の死後も続けて欲しいと願ったのだとか。その時の言葉がこれである。


『病める者も健やかなる者も。老いも若きも聖人も罪人も今宵だけは関係なく。1人のひととして愛し愛され、幸せであれ』


ということで、罪人にも料理がふるまわれるのが慣習のはずだったのだけれど。この国の王太子は初代国王の遺志まで無視するのだろうか、胸糞悪く感じるのはきっと俺はお嬢様の一族がたとえ罪を犯していたとしても、お嬢様自体がこの様な扱いを受けるのが理不尽だと感じているからだ。それもだが日数がたつにつれ上層部への不信感というのも段々と湧いてきているのもあり。俺は格子付き扉をノックし、お嬢様に食事の時間を告げるのだった。


「えっ、チキンもないんですの?」


矢張りお嬢様も驚いた模様。俺も驚いたし、メイドさんは申し訳なさそうな顔をしている。大丈夫だメイドさん、貴女のせいではない。多分。


「生誕祭なのだからせめて、せめてチキンくらいはつくと思ってましたのに。」


「俺もそう思ってたんですけどねぇ。」


しょんぼりしながらもそもそ固いパンをほおばるお嬢様。顎が発達したのかなれたのか。固いパンを少しスープに着けてあとは豪快に噛み千切る。ようになったのを見る限り随分と逞しくなられたなぁとしみじみとする。


「ほうふぃふぇは、へいひ。」


「しゃべるか食べるかどちらかにしましょうね?」


とても聞き取りづらいから。俺は多分手紙の進歩を問うんだろうなと思っていたら。


「庶民はニワトーリをこの日に食べるのって本当ですの?」


「えっそっち!?」


手紙のことじゃないんかい!!俺は食べますよと返答すると、なるほどぉと言いつつまたもそもそ食事を再開していた。


「ニワトーリのチキンって美味しいのかしら。ああ食べたかったですわ。」


残ったスープを飲みながら、溜息を吐くお嬢様。今日は夜半より雨が降るのだとか。俺は毛布をもって移動していた方がいいですよと伝えた後、カギをあけて夜食に持ってきたチキンのうち1本を彼女に手渡した。


「こ。これは……!」


「庶民のもので悪いんですけど。ニワトーリのチキンですね。」


生誕祭なんだ、俺だってチキンが食べたい。2つ持ってきたもののうちの1本であったが、彼女は喜び礼を言って、はぐはぐと頬張っていた。上品さはなく子供の様な食べ方にも思えたが、毎日代わり映えのしない粗食の中で、しっかり味のついたものは随分久しぶりだったのだろう。お嬢様たれが口の端についてますよ、お嬢様。


「お、おいしいですわ。じゅーしぃというやつですのね。」


「あーほら、垂れる、垂れるから。」


フォークとナイフはないため、当然手で持ってかぶりつかざるを得ない。手はソースでべったべただ。俺は食べ終えた彼女に手拭きを手渡したのだけれど。


その時、指先が触れ合い。思わず互いにじっと見つめる。

残念ながらロマンスというにはチキンのたれの香りと、あとお嬢様の口の周囲についたたれが面白いお化粧をしていたものだから。俺はぶふぉ、と噴出しそうになるのを我慢しながら、手拭きでお嬢様の顔を拭いた後に、手を出してくださいねと声をかけ、指先のたれを拭いていったのだった。


『病める者も健やかなる者も。老いも若きも聖人も罪人も今宵だけは関係なく。1人のひととして愛し愛され、幸せであれ』


この続きがあることは実はあまり知られていない。俺も孤児院に月一で慰問に来ていた神父様から教えて貰ったのをぼんやり覚えていただけである。


『そして今宵だけでなく。心を見ないふりをして後悔だけはするなかれ。其処に幸せはないのだから』

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