最終回 皇太子と浮気相手の裁判、そして、新国家誕生

―帝都―


 私たちは、ルーゴ将軍とともに、乗り越えなくてはいけない課題について話し合っていた。


 陛下の後継者になった私は、摂政という立場で療養を続ける陛下を支えることになったわ。


 すべての事態が落ち着いて、私とフランツ様の結婚式が終わったら、正式に陛下は退位して、私たちにすべてを任せると言ってくれた。


 親・新興貴族派たちは、砦に残るもの以外はほとんど逮捕されて、壊滅したわ。

 これで、陛下が退位しても、私たちへの権力継承を妨害する者はいなくなった。


 陛下の退位後、フランツ様・お父様・ルーゴ将軍たちが開く選帝侯会議で、私が次期グレア帝国皇帝に選ばれて、その場で、グレア=オーラリア二重帝国の成立を宣言することになる。


 私と、夫のフランツ様が、共同統治者として、新国家のトップに君臨することになるわ。


 退位した陛下は、上皇陛下として、引き続き私たちを支えてくれる。


 あとは、二重帝国の新閣僚をどうするかね。

 グレゴールさんに、宰相として私たちを支えて欲しいんだけど……


 彼は、終戦後に正式に辞職するとして、固辞しているの。

 まあ、彼は、故郷の領都で、カフェをするのが夢だったから、仕方がないわよね。


 となると、宰相を任せられるのは、ルーゴ将軍やお父様のどちらかね。

 ふたりをうまく説得しないと!


 チャーチルさんは、軍のトップを任せことにするわ。

 だって、彼は魔獣騒動と今回の新興貴族の乱を抑えた最大の功労者の一人だもの。


 新政権をしっかり軌道に乗せるためにも、各省庁の長を決めることはとても大事なことよ。子爵のような人がいないか、しっかり確認するわ。


 そんな忙しい日々を送っていた私たちに、ついに一報が入ったわ。


「反乱軍の最後の拠点が陥落。首謀者であるふたりを確保」とね。


 ※


―元老院・臨時裁判所―


「皇帝陛下、ご入場」

 ルーゴ将軍が、宣言すると、参加者たちは起立して、陛下を拍手で出迎えるわ。


 陛下は用意された中央の玉座に座り、私が陛下の左に、フランツ様が陛下の右側に位置する。


 部屋の中央には、皇太子とメアリが、手錠されて床に座らされていた。

 ここは、反逆者を裁くための臨時裁判所よ。


「さて、ふたりとも何か言いたいことはあるかね?」

 陛下は、罪人ふたりに語りかける。


 陛下のご容態はかなり良くなっているわ。でも、実の息子を弾劾だんがいする裁判は心労が重いはず。


 私たちは、欠席を勧めたんだけど……


 ※


「ありがとう、ニーナ。だが、これが皇帝としての最後の大仕事だ。私が裁判に欠席したら、彼らを裁くことの正当性に疑問が生まれるかもしれない。それでは、私は責務をはたせたことにならない。私は、皇帝としての責務をまっとうする。娘として、私を支えて欲しい」


 ※


 そう言った陛下の目はうるんでいたわ。

 

「父上、お助け下さい。私はすべてだまされていたんです。悪いのは、死んだ子爵とメアリです」


 彼は、顔を上げようとして、兵士たちに押さえつけられた。 

 だが、兵士たちの手を無理やり払いのけて、彼は私たちのもとに近づいた。

 

「ニーナ。頼むよ、助けてくれ! そうだ、婚約しよう。今度こそ、お前を幸せにする。あの婚約破棄は、メアリにそそのかされやったことなんだ。俺のもとに戻ってきてくれよ。そして、今度こそ俺たちで素敵な国を作ろう!!」


 会場が騒然となったわ。あまりにも幼稚な彼の自己弁護だったから。


 皇太子の前に、フランツ様が立ちふさがる。


「なんだよ。やるのか。お前にニーナは渡さな……」

 フランツ様は、それが言い終わる前に、彼の顔面を強打した。


 皇太子は、地面に叩きつけられる。


「もう、遅い!!」

 フランツ様の怒号が裁判所に響いた。


「痛い。なにをするんだ、フランツ。不敬罪だぞ! 死にたいのか」


 フランツ様は、その言葉を聞いて、怒りに震えていた。


 でも、その場を収めてくれたのは、陛下だったわ。


「立場をわきまえろ、バカ息子。お前にもう皇位継承権はない。それどころか市民権すらないんだ。ここで、お前が誰かに殺されても、誰もそいつを裁くことはできない。お前は、獣以下の存在だ」


 自分の父親からの叱責しっせきは、彼にとっては死刑宣告のようなものだったわ。


「ニーナ、ニーナぁぁぁぁ」


 それでも、私の名前を呼ぶ彼に私も語り掛ける。


「ダメですよ。婚約者がいる女性を、気安く呼び捨てにしてはいけません。あなたは、もう私の婚約者でもなければ、帝国の臣民でもないんです。あなたに、名前を呼ばれる筋合すじあいは、ありません」


「……」

 絶句しながら皇太子は、壊れたおもちゃのように崩れていく。


「さて、次は、メアリだが?」

 陛下は、メアリに弁解をうながす。まるで、がいこつのようにやせ細ってしまった彼女は、最後に会った時とはまるで別人のようになっていたわ。


「そこにいるお三方を地獄に落とせずに、残念でした。うまくいけば、立場は逆転したはずですから」

 悪女は、そう言い放つ。


「ふむ、すべてを認めるんだな」


「認めるも何も、ここで苦しまぎれにみっともなく弁解しても、死刑は免れない。私は、最期まで貴族の誇りをもって死にます」


「そうか、よくわかった。それでは、判決を下す」


 陛下は目をつぶって、続けた。


「まずは、我が息子だが、そなたは、皇太子という立場でありながら、指導力に欠けたばかりか、反逆を起こして国政を混乱させた。責任ある立場の者が、そのような浅はかな行動をしてしまっては、臣民たちに申し訳が立たない。これは自分の命を持ってしか償うしかあるまい。お主を死刑に処す。これでお前のために死んでいった者たちも少しは報われるだろう。兵士たちよ、連れていけ」


「いやだああああぁぁぁぁぁああああああ。死にたくないいいいぃぃぃぃいいいい」

 そう言って、彼は連れていかれる。明日には、刑が執行されるらしいわ。親子の最後の会話が、これなんて報われない。


「陛下?」

 私は、陛下が震えてえいるのを見ながら、彼の手を握りしめた。


「大丈夫だ、ありがとう、ニーナ」


 陛下は、私の手を優しく包み込む。


「次に、メアリだが、今回の件の首謀者として、お前が果たした責任は重い。そして、ある意味で、死刑では、気高く死ぬというお前の望みをかなえてしまう。よって、別の方法を取る」


「なによ、私は、死ぬことすら許されないっていうの!?」


「そうだ。お主の市民権と財産のすべてを没収する。市民権が、お前に戻ることは一生ないだろう」


「なら、ヴォルフスブルクにでも逃げてやる。そうすれば、あんたたちだって手が出せないでしょ!」


「そんなことができるとでも、思っているのか?」


「ひぃ」


 陛下は、メアリを力強く見つめる。


「これから、お主の体には、罪人のあかしとして、魔力の刺青いれずみほどこす。これによって、政府はお前がどこにいるのかすぐに把握できるようになる。仮に、政府に対して反逆したり、国外へと逃亡しようとした場合は、即座に刺青が爆発し、お主を死に至らしめる。これは、罰であるため、自死することも禁止とする。そのような兆候が認められたら、強烈な痛みがお主を襲うことになる」


「なによ、それ! そんな非道なことが許されると思っているの?」


「それは、自分の罪を考えればわかるだろう?」 

 そう言って、陛下は、奥に控えていた魔導士様に合図を送る。


 魔導士様が詠唱を始めると……


「いやだああああぁぁぁぁぁああああああ。痛い、痛い、痛い」

 メアリの絶叫が響く。魔力で刺青を施されているんだわ。


「助けて、助けてええええぇぇぇぇぇえええええ」


 10分ほど絶叫が響き渡ったわ。


「それでは、お前を解放する。ただし、市民権を持たないため、臣民がお主に危害を加えても法律は、おまえを守らない。自分で何とかするように。また、食料は1週間分支給する。それを受け取って、すみやかに、消えろ」


「殺して、殺して。お願いだから、殺して」


「それはできない。お前は、人間以下の存在として、今まで他人にしてきたことをかえりみるといいだろう。連れていけ」


「(あんなみたいな女、娼館しょうかんでも欲しがらないぜ)」

「(わかんねえぞ。あいつの父親は、裏で相当恨みを買っていたそうだから。金持ちが拾って、相当いたぶられるんじゃねぇか?)」

「(でも、市民権がないから、それも合法だよな。もう、ドレイじゃないか)」


 貴族たちがそう噂をしている。そのうわさが、彼女にも聞こえたようだ。

 顔面は、真っ青になって、目の焦点が合わなくなっている。


「いやあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああ」

 兵士に連れられて、メアリは裁判所から消えていった。


 すべてが終わって、陛下は、宣言する。


「これで、我が帝国を害する者は排除した。これからは、私の後継者たちの時代となる。若き力で、帝国を盛り上げていってくれ!」


 会場は、陛下の宣言で歓喜に包まれた。


 ※


―ネーデル湖―


 すべてのセレモニーが終わり、私たちは一度、マリアが待つオーラリアに戻ることになったわ。


 向こうでもしなくちゃいけないことがたくさんあるもの。


 私たちは、思い出のネーデル湖で休憩を取る。


 ここで、ちゃんと私の気持ちをフランツ様に伝えるために、私がお願いしたのよ。


 護衛の兵士たちは、私たちの邪魔にならないように、離れて護衛してくれている。


「久しぶりだね、この湖」


「はい、陛下。前回とは、まるで違う立場になりましたけどね」


「そうだね。まさか、ニーナがグレア帝国を継ぐことになるなんてね」


「はい、私たちの立場は、いろいろ変わってしまいました。でも、変わらないこともあります」


 私は、光り輝く湖に自分の左手を伸ばす。

 薬指には、私たちの誓いの結晶が輝いている。


 私は勇気をもって、彼にキスをした。


 お互いの体温が、交換されていき、私たちは、何度も永遠を誓う。


「世界で一番愛していますわ、フランツ様……」


「僕もだよ、ニーナ」


 そして、今度は彼からキスをしてくれた。


 私たちの幸せな世界は続いていく。(完)



―――――――――――――

(作者あとがき)


これにて、完結になります。


たくさんの人に読んでいただき、幸せな2か月間の連載になりました。

温かいコメントや感想、本当にありがとうございます! とても勇気づけられました。


たまに、この続きの番外編を投稿するかもしれません。そちらも、お楽しみいただけると幸いです。

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悪役令嬢として婚約破棄された私は、大貴族で幼馴染の先輩に助けられて辺境で溺愛される D@ComicWalker漫画賞受賞 @daidai305

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