第58話 魔獣vs素人

「ニーナ様、ついに魔獣を目視で確認しました!! 急いで屋上へ」

 大佐が私を呼びに来た。

 なんとかギリギリで準備を終えたわね。

 国境守備隊が頑張ってくれなかったら、危なかったわ。すでに、早馬で撤退を続けている守備隊には、作戦を連絡している。


 彼らにまかせれば、私たちの罠まで誘導してくれるはず。

 私たちは、ここで彼らの撤退を援護する。


「あれが……魔獣なの!? なんていう大きさ……」

 砦に向かってきた魔獣は、私の予想をはるかに超えるほど、巨大だった。


 クマの魔獣が比較的に巨大でも、2mくらい。でも、あの魔獣は5mはあるわ。

 トカゲが巨大化したような不気味な姿。

 緑色の肌に、巨大な牙と大きな尻尾しっぽ


 まるで、おとぎ話にでてくるようなドラゴンみたいな姿……


 守備隊は馬に乗って、必死に撤退している。途中、魔獣の足を止めるために、弓や魔力攻撃をして足止めしつつ、自分たちを目標にしている。


 あんな、怪物に追われながら、1時間も自分の使命を果たそうとしていたのね……


 彼らの強靭きょうじんな精神力に、私は驚く。そして、使命を果たしてくれた彼らを助けるために最善を尽くさなくてはいけない。


「大佐……すぐに援護を!」


「もちろんです。魔力砲兵頼む。弓矢隊は、まだ射程外だから、待機。いいか、味方に当てるなよ。魔獣だけを狙え」


 魔力砲兵が前に出る。ここは砦だから、備え付けの大砲があるのよ。

 魔力を込めて打ちだす遠距離攻撃が可能なんだけど、これは重くて前線にはもっていけないので、砦でしか使えない。こにもる私たちが持つ切り札の一つよ。普通の魔獣なら当たれば、一撃で倒せるはずだけど……


「5,4,3,2,1,0。砲兵隊撃てーー!」

 大佐の命令で、3発の大砲が火を噴いたわ。

 巨大な火球が、魔獣を襲う。


「着弾!!」

 観測兵が歓喜の声をあげたわ。さすがは大佐の指揮で、猛訓練を積んでいる砲兵ね。完璧な狙撃だった。


「やった!!」

 私達は煙が消えていくのを見つめる。


 煙の中からは巨大な緑の怪物が雄叫おたけびを上げながら、姿を現した。

 

 嘘でしょ! 大砲が着弾したのよ!?

 少しはダメージを受けているようだけど、まだ前進が止まらないわ。


 魔獣の口に、何かが起きているのが見える。光のようなものが集まっていく。


 もしかして、本当にドラゴンなの!?


「みんな伏せろ! 魔道部隊は、魔力防壁を展開してくれ!!」

 大佐が大声で叫ぶと同時に、魔獣の口から巨大な炎が吐き出される。


 砦の私たちにすさまじい衝撃が襲いかかってきた……


 ※


「みんな大丈夫か……」

 大佐の声が私たちを正気に戻してくれたわ。魔力の障壁によって、火炎の直撃は免れたけど、衝撃波でみんな吹き飛ばされた。


 砦の城壁の一部が、衝撃波で崩壊していたわ。さらに、3門の大砲のうち、2つが衝撃波で横転している。魔力が込められていなくてよかったわ。もしかすると、誘爆していたかもしれない。


「敵は……?」

 私も、大声で叫んだ。


「依然として、こちらに向かって進行中です。さきほどよりも、スピードは弱まっていますが……」


「なんていう生命力なのよ――」


 でも、切り札はこれだけじゃない。さっきの大砲はあくまで前座よ。私達が、力を合わせて作りあげたとっておきのトラップ。それが通用しなかったら、終わり……


「魔獣、魔方陣まで到達します!」

 観測兵が叫んだ。


「神官様、お願いします!!」


「うむ」

 私の合図とともに、神官様は詠唱えいしょうをはじめる。


「魔獣が落とし穴にはまって、動けなくなったらお願いします」

 あそこには、さっき火薬を使って掘った落とし穴があるわ。これで魔獣の動きを封じ込める。


「ぐおおおおぉぉぉぉおおおおお」

 魔獣の叫びがとどろく。足場は、簡単に崩れて、魔獣の動きを制限した。


 打ち合わせ通り、神官様が落とし穴の周囲に結界魔法を張りめぐらせてくれたわ。いくら結界でも、あの巨体が体当たりしたら、すぐに壊れてしまうけど、落とし穴のおかげで壊すまでには時間がかかる。


 落とし穴の周囲に魔方陣を書いておいたのよ。そして、魔力で爆発する火薬も一緒に配置しておいたわ。


 小麦粉のふくろの下にね……


 魔方陣が発動し、密封された結界の中で、小麦粉の袋が爆発した。

 大量の飛散した小麦粉が、ちゅうを舞っているわ。


 そして、最後の仕掛けが発動する。


 結界の中で巨大な轟音ごうおん炸裂さくれつし、大爆発が、魔獣を包みこむ。


粉塵ふんじん爆発―


 ヴォルフスブルクの鉱山技術の本に書かれていた事象よ。

 石炭のような可燃性の粉塵が、鉱山のような密封された場所で飛散していたときにおこりやすい爆発。


 粉塵が舞いやすい鉱山では、火器の扱いには十分注意すること。本にはそう書いてあった。


 私はこれを応用したの。小麦粉や穀物の粉でも、鉱山と同じような環境なら爆発する可能性があるわ。あの本にはそう書かれていた。


 結界と小麦粉で、爆発しやすい粉塵が充満した密封空間鉱山を作り出し、敵をそこに誘いこむ。


 そして、その空間で火薬を炸裂させれば――


 大爆発が生まれるわ。あの大爆発を生き残れる魔獣はいない。

 

 大爆発の後には、黒焦げになった魔獣の死骸しがいが横たわっていた。


 砦の人たちは、歓喜に包まれたわ。


「やりましたよ、ニーナ様!! 私たちの勝利です」

 大佐は、いつもの厳しい顔をくしゃくしゃにして喜んでいる。


「さすがです、ニーナ様! さすがは、辺境伯領のです。まさか、鉱山技術の本の知識から、魔獣を倒す方法を見つけてしまうなんて!」

 鉱山技師さんも、とても嬉しそうね。

 うん、賢者??


「私は賢者なんて言えるほど、大した身では……」


「何をおっしゃいますか! こんな場で、謙遜けんそんしなくても大丈夫ですよ。みんな言っています。ニーナ様は、ヴォルフスブルク語を中心に、周辺諸国の言語を巧みに操る大賢者様だと! 今回の件で、あの噂が本当だということもよくわかりました」


 なにか、とても大きなことになっているけど……


 今日は、もう深く考えないことにするわ。

 私は、勝利の歓喜に身をゆだねた。


 ※


―領都軍病院―


「殿下、メアリです。わかりますか」


「メ、アリ」


 殿下は、目を覚ましてくれた。私は涙ながらに彼に語り掛ける。


「ああ、よかった。本当に良かった。つらかったでしょう、痛かったでしょう。でも、もう大丈夫ですよ。私と父上が、あなたを助けます」


「たす、ける」


「ええ、殿下をないがしろにした者たちに、復讐ふくしゅうするんですよ。私達だけが味方です」


「たのむ」


「ご安心ください。もうすぐ、あなたはこの国の長になるんですから……」

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