第45話 眠れない夜

 夕食も済ませてきた私たちは、少しだけお茶を飲んで、自室に戻ったわ。

 明日もお仕事だから、早く寝ないと。

 そう思って、私はベッドに入る。時間は22時過ぎね。


 いつもはあと1時間くらい起きているんだけど、今日はいろんなことがあったから疲れたわ。

 これならゆっくり眠れそうね。


 そう安心して、目を閉じる。


 私は深い眠りに……


 つけなかったわ。


 ベッドにもぐりこんで、早3時間。私はもぞもぞしながら、時間を浪費ろうひしている。


 その一番の原因はやっぱりさっきの馬車での出来事よ。


 ※


「だって、そうだろう。好きな人が勇気を出して、手を繋つなぎたいと言ってくれたんだから……嬉しくない男がいるのかな?」


「こうして手を繋ぐと、本当に幸せだよ。ずっとキミのことを考えてきていたからね」


「いま繋いでいるの手の握り方は、あくまで公式な場でのエスコートの時のものだからね。ここは、僕たちしかいないプライベートな場所。だから、もう少し近づいてもいいよね」


「ありがとう、大好きだよ、ニーナ」


 ※


 あの言葉を……彼のぬくもりを……手の大きさを直接、体感してしまったから、その呪縛じゅばくから抜けることはできない。


 目を閉じると、あの瞬間がフラッシュバックして心臓の高鳴りが止まらない。


 迷惑にならないように枕に顔をうずめる。


「(うううううううううううううううううう)」


 私は奇声を発した。そして、枕をもってゴロゴロとベッドを転がる。

 胸は高鳴るのに、なぜだか、不安は一切なかった。


 これが幸せというものなのね。今まで重圧感しか感じない立場だったから、この人を思って幸せな気分に浸れるのは本当に新鮮。


 卒業パーティーの場で、不幸のドン底にいた私が、こんなに満たされていていいのかしら?


 幸せすぎて怖いくらい。

 フランツ様は、私の中で恋に落ちてはいけない人だった。


 だから、ずっと気になりながらも、私は恋という感情に蓋をしていた。もしかしたら、私はずっと彼に恋をしていたのかもしれないわね。


 だって、彼はいつも優しく私に寄り添ってくれていたから。


「そういえば、フランツ様は、いつから私のことが好きなのかしら?」


 ※


「ずっと君のことが好きだった。それはあの卒業パーティーの瞬間まで、届かない恋だった。届いてはいけない恋だった。でも、今は違う」


 ※


 彼は湖で「私のことをずっと好きだった」と言ってくれたわ。たしかに、私たちは幼馴染だけど……


 聞いてもいいのかしら?


 気になるわよね。でも、聞くなんて無粋な気もするし……


 そして、よく考えれば、この屋敷には、私とフランツ様、執事さんとメイドさんしかいないのよね。


 これって事実上の婚姻関係っていうものじゃないかしら?


 フランツ様は、陛下にもお父様にも話を通しているし、メイドさんたちも「私たちのことをお似合い」と言ってくれている。


 マリアも私の背中をずっと押してくれていたし……


 この屋敷に関していえば、私たちの障害はほとんどないのよね!?


 むしろ、障害となりうるもののほうが少ないのかもしれないわ。


 職場の庁舎内でも、私の存在は少しずつ認めてもらえて来ているし……フランツ様が、わざわざ私を秘書に雇ったのを見て噂になってしまったことも小耳にはさんでいる。


 両家は合意済みで、陛下からのお許しも出ている。怖いのは男爵令嬢の逆恨みや新興貴族連合の策略くらい……


 もしかしたら、ゴシップのネタにされて、白い目で見られるかもしれないけど……


 たぶん、彼となら大丈夫。

 しょせんは、噂のようなもの。やましいことも私たちには一切ないわ。むしろ、やましいことがあるのは、私という婚約者がいるのに、男爵令嬢と浮気していた皇太子様の方よ。


 いろいろと言い訳をしているけど、私の本心はひとつだけ。

 彼にもっと近づきたいし、愛を伝えたい。それだけ――


「大好きですよ、フランツ様……」

 私はここにいない大好きな人に向かってつぶやいた。そのつぶやきは、当たり前だけど彼には届かずに、闇に消えていく。


 それを私は後悔した。

 大事な言葉を受け取ってもらう人がいないのに、発してしまったことに……


「どうして、横にいてくれなかったんですか?」

 理屈として破綻しているのはわかっている。でも、言葉にするだけでも、勇気がいる関係なのよ? だから、さっきの言葉が闇に消えてしまったことを少しは恨んでもいいじゃない。


「どうして、一緒に寝てくれないのかな?」

 感情は、少しずつ爆発していく。一度、決壊してしまった気持ちはもう元には戻らない。


「どうして、私は大事な人に、好きっていうことができないの、かな?」

 もっと、彼の前で素直に気持ちを伝えたい。


「フランツ様……」

 私は、なんとか言葉を押しとどめた。これは、夜の闇に消してはいけない大切なものだから……


 夜は、少しずつけていく。

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