第4話限界突破

 リガルが黒いナニカと出会ってから数日がすぎた。この間、生活には別段変わりはなく、普段と変わらない刺激もない日々を過ごしていた。

 しかし、一つ──前と違った事を題としてあげるのなら、それは“力”だ。


 ・【限界突破レボルシオン


 これは、自分以外の誰かに付与する事が出来、付与された者は永続的に【生涯】で取得する能力の十倍程の力を得る(個体差はあるらしい)。


「おい、お前本当に生きてたんだな。受付の人から聞いた時は驚いたが……」


 深緑の森(リガルが置いていかれた場所)で待っていると、ユミルとゼシカが姿を見せた。


「でも、なんで此処に呼び出したわけ? わざわざ。逃げればいいものを……馬鹿なのかしら」と、ゼシカは黒い帽子を持ち上げると嘲笑う。ユミルも呆れた様子を見せながら──


「ゼシカ、コイツに麻痺を使え」


 剣を鞘から抜き、切っ先をリガルに向ける。


「別に構わないけどさ、その前に後ろのソレ、何とかした方がいいんじゃない?」


 立ち上がったリガルが後ろを指さす。


「は? 後ろ?」と、振り向いた瞬間、ユミルの表情は曇る。


「クケクカククク」

「ぐっ」


 瞬時に守りの姿勢に入るや否や、沈着状態の森にて鉄と鉄がぶつかり、甲高い音が鳴り渡る。


「チィッ!」


 後ろへと吹き飛ぶ中、どうにか空中で体勢を立て直し、着地すると、ユミルは声を震わせた。


「な、なんでコイツ等が居るんだよ?」


 三体のスケルトンが錆びた剣を構え、ケタケタと怪しく笑っている。


「落ち着きなさいよ!」

「だって、俺は常時、敵察知を使ってたんだぞ? 背後を取られるなんて事があるはずない!」


 ユミルの使うスキルは半径三十メートルの円に入る敵を、察知出来るというものだ。冒険者の中でも等級が上である者達が使える上級スキル。これを扱えるか扱えないかで、受注クエストに大きな差が生まれる程だ。

 故に自信が崩れかけるユミルの表情は、リガルに多少なりとも快感を与える。傲慢で強欲な男が地獄を見るのはこれからだと、胸に燻る期待を宥め視線を送った。


「イレギュラーなんて、たまにはあるわよ! それより、今はビスケが不在なのよ! 前衛のアンタが私より後ろにいてどうするのよ!」


 スケルトンの歩幅に合わせ、ゆっくりとゼシカは後ずさりをする。付き合っている者同士の茶番は何時まで続くのだろうか。今思い出せば、この二人が一番美味しい思いをしてきていた。


 緊張感が辺り一帯を包む中で、ユミルが後ろでただ立つリガルを睨んだ。


「俺達に、バフをかけろ!!」

「なんで僕が……」


 杖を強く掴み、わざとらしくリガルは震えて見せた。最弱にひ弱に優柔不断に演じ努めた。


「お前の使えねぇ力を利用してやるだけありがたいと思え」


 語気荒く、リガルに対して向けるものは信頼などではなく軽蔑だ。


「それとも此処で全員全滅してもいいのか!?」


 死ぬのは、ユミルとゼシカだけだと内心で思いつつも首を振るう。


「別に、スケルトン如きにリガルの力なんか必要ないじゃない!」

「馬鹿か! 敵察知をすり抜けたって事は、コイツらの能力は俺以上なんだよ!」


 ──当然だ。


 このスケルトンには、予めリガルが【限界突破・レボルシオン】を使っている。ユミルやゼシカが束になっても到底敵いもしない相手だ。それは銀等級の冒険者崩れ(野盗)で実証済み。


 梅雨知らず、焦る様子をうかべるユミルの表情ときたら面白くて仕方がない。笑いをこらえるので必死だと言うのに、ユミルはリガルに刺々しい言葉を投げかける。


「おい!」


 剣を構えたまま、前には出ようとせずユミルはリガルの横に立つ。


「早くしろ! 手遅れになる前に! ウスノロが!」


 ユミルの罵声が轟いて、初めてリガルは杖を構えた。先端の赤い宝玉が淡く光る。


「──アウダース」


 赤いエフェクトがユミルを包む。力の向上を感じているのか、ユミルは勝気の笑みを浮かべた。


「次はゼシカにかけろ!!」

「──サビドゥリア」


 杖の先端をゼシカに向けると、紫色のエフェクトがゼシカを包む。


【筋力向上・アウダース】

【魔力向上・サビドゥリア】

 この二つは、白魔道士がバフを取得する中で一番最初に覚えるものだ。そして、今まで・・・のリガルが覚えていた唯一のバフでもある。


「魔力の向上を感じる。これなら、勝てるわ!」


 声を踊らせるゼシカ。


「ああ、俺たち二人だけでコイツ等を倒すぞ」


 お礼も言わず、ユミルはゼシカの前に出て剣を構えた。


「コイツらはレア系だろ。素材を持って帰れば高値で売れる」

「いいわね。私、装備を新調したいわ」

「十分お釣りが来るさ」

「でも、アイツはどうするの?」と、小さい声で訊ねるゼシカに対して、ユミルは殺意に満ちた笑みを浮かべる。


「なあに、隙を見てコイツらの前に放り投げるさ」と、ユミルはわざとリガルに聞こえるように大きな声で言った。


「いいわね、それ。賛成」

「じゃあ行くぜ! ゼシカ! アイツらに麻痺付与デバフを掛けてくれ!」

「分かったわ! パライズン!」


 ゼシカの持つ杖が黄色く輝くと、光線状になったエフェクトがスケルトン三体を包んだ。


「いいわよ!」と、手応えを感じたのであろうゼシカは、頷いてユミルを見た。


 三体にはまだエフェクトがかかっており、明確な居場所は掴めない。


 ──しかし、リガルからバフを付与されているユミルには、正確な位置が掴めているのだろう。


 片手を地面に付けると、余裕な笑みをスケルトンに見せつけた。


「任せろ! 飛燕斬撃ひえんざんげき!」


 ビスケが見せた跳躍なんか比じゃない速さで、右から左、左から右へと全体に斬撃を食らわせる。鉄と鉄がかち合うような、甲高い音が砂煙の中で鳴り響いた。


「さすがユミルね!!」


 ゼシカはユミルに華やかな声で称賛をおくる。

 答えるようにバク宙して、軽快にゼシカより後ろに着地。だが、ユミルは再び剣を構えると、間抜けな声を漏らした。


「え?」


 ユミルが持っているのは、刃がない剣の柄だ。あっけらかんとし、呆然としていると、黄色いエフェクトが消える。異常状態の回復も、本来以上の速さだ。


 三体のスケルトンは未だ健在だ。傷一つなく、剣や盾には白いもやのようなものが纏っている。きっとこれは、スケルトンのスキルなのだろう。


「ちょっと! 私のパライズンも効いてないわよ!? どうして!?」

「ケケケケケ」

「いや、いや……!」

「ゼシカァァァア!!」


 ゆっくりとした縦一閃が杖を折る。杖がなければ魔法も唱えることが出来ない。言わばゴミと化したゼシカを見て、リガルは肩を少し揺らした。


「あ……ぁあ……」


 初めて実感したであろう「死」に、ゼシカの腰は砕けてその場に座り込む。


 運悪く、まだ死んでいない。


「俺が、俺がお前を守る!!」


 ユミルが両手で柄を握ると、服や髪が荒れ狂う。


「ふざけやがって!! サンダーブレード!」


 両手剣を模した魔法剣を構成、ユミルは眉を吊り上げ険しい顔を浮かべ斬りかかった。


 ──が。


「ケカカカカ」


 ユミルの一撃は、一体のスケルトンに防がれる。


「な……ッ!?」


 そして──


 スケルトンの剣は、相手を両断しようとはせずゆったりと、腹部を貫いた。


「がはっ……くそ……がぁ!!」


 スケルトンに足をのせて、無理やり引き抜くとユミルは叫ぶ。


「ヒールだ!! ノロノロするな、役たたずが!!」


 指の隙間からは夥しい量の血が垂れている。しかし、リガルはユミルを見ようとはせずゼシカを見ていた。彼女の前には今、スケルトンが囲うように立っている。


「くそっ、早く! ヒールを!」


「もう魔力がないんだ」と、笑いを隠す為に俯いて首を振るった。


「役たたずが! じゃあ、てめぇが死んで盾になれや!」


 催促するユミルの声を、ゼシカの絶叫がかき消した。


「ぎゃぁあ!! やめで、やめで! だずげて、ユミル!」

「クケケケ!」


 手を休めず、知力のないスケルトンは単調な攻撃をひたすらに繰り返す。


 刺して抜いて刺して抜いて──まるで殺すのではなく遊ぶかのように。


「いだい! いだい!! 血が、血が……」


 剣が抜かれる度に、血が噴き出す。神経は絶たれたであろう。動脈は貫かれたであろう。間違いなくの致命傷。絶叫に近い叫び声も、断末魔もいつしか羽音程度になって行く。


「…………」


 座っていたゼシカの全身は青ざめ、瞳は光を失い淀んでいた。それでもスケルトンは攻撃をし続ける。容赦なく、ひたすらに。


「ゼシカ……ちくしょーがぁあ!!」


 回復を諦めたユミルが、役にも立たない剣を投げ捨て拳で殴りかかる。


 バチンと、盾を殴ると拳が折れる音が微かに聞こえた。まあ、バフをかけた拳だし当たり前だろう。


「どけよ! おらぁ!」


 拳は皮がめくれ肉が抉れ、骨が見えている。それでもユミルはゼシカを助ける為、一心不乱に意味のない物理攻撃を繰り返した。


「クケケケ」


 ダメージ皆無であるスケルトンは、ひたすらゼシカを刺し続ける。大量の血がユミルの足を満たす頃、とうとうユミルは膝をついた。


「なんで俺達がこんな目に──」


 喪失しきった声を聞いたリガルは、ゆっくりとユミルの元に近寄った。


「これは罰だ」

「罰……ふざけるなよ? お前もこのままだと死……ッ!?」


 ユミルの瞳に映っているのは、リガルを避けて囲うスケルトンの姿だった。


「な、なんでお前は攻撃されない!?」

「なんでって、自分に不可視化になるバフ・レグルドをかけてるからね。俺の体を認識できるのは、俺が許した者だけなんだよ」


 リガルは、黒いナニカから既に【限界突破・レボルシオン】を付与されている為に、白魔道士が習得する全魔法を習得している。とは言え、付与された時が【白魔道士】なので、いくら能力が開花したとしても筋力等は多分、前衛職には劣るだろう。


 自分が前衛職の誰かに指南を受ければ別なのだろうが、そんな関係性を持ったものはいない。


「な、なら俺にも!」


 縋るような視線を送るユミルに、リガルは笑みと蔑視を向けた。


「ごめん、もう魔力無いや。でも安心してよ、お前が死ぬまでここに居るから。どの道、コイツら倒さなきゃだし」

「は? 魔力残ってるじゃねえか! 頼むよ! 俺たち仲間、だろ?」


 鼻水を垂らし半べそをかいて、媚びを売る笑顔を作るユミルをリガルは見下した。


「仲間? 俺と……お前等が?」

「そ、そうだろ!?」


 ユミルがリガルの裾を掴むと同時に、スケルトンの剣が腕を貫いた。


「ぐぎゃぁあ!! 腕が腕がァァ……!! 早く、しろ……してください、リガル、さん!」

「だから、魔力ないって。お前ら仲間──じゃなく、蛆虫に使う魔力はさ」と、耳元でリガルは囁いた。


「いだい! 足が、腹が!! 頼むたの……」


 スケルトンが容赦なく剣を突き刺し、その度にユミルは体を痙攣させる。滅多刺しにされ、瞳孔が開きっぱなしになったユミルを見下し、リガルは言った。


「因みに、ビスケももう死んでる。三人仲良く、地獄に行けるな。安心してくれ、お前らの金貨は俺が大切に使ってやるから」

「クケケケ!!」

「そうか、もう二人とも死んだのか。呆気ないな。じゃあ、お前らも土に還れ」


 目を閉じ、魔力を高めると真っ白いエフェクトがリガルを包む。


「消え去れ」


 杖を天に翳し、瞼を持ち上げ魔法名を唱えた。


「フォトンレイン」


 聖なる閃光がスケルトンに降り注ぐ。


 土煙が収まる頃、リガルの視界に入っていたのは穴だらけの二人だけ。

 スケルトンはフォトンレインにより、消失したらしい。


「じゃあ、お前らは森の栄養にでもなるんだな」


 埋葬なんかするはずもない。遺体が食い散らかされようが関係もないし、どうでもよかった。


 リガルにとってコイツらは、魔族と同等の生きる価値もない物なのだから。

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