第48話 意外と空気の読める俺は、黒い板と冥界の番犬の痴話喧嘩を傍観しました。

「……あはは、……ふぅ、ふぅ」


「……テメェなぁ」


 フルマラソンでもしてきたかの如く座り込んで肩で息をする女をじっと睨みつける。


「……ゴメンゴメン、でもアンタ、あんな偉そうに助けてやったとか言っちゃってる奴がウ、ウン……、……ウンバフォぁっ」


 ウンコと言いかけた途中で吹き出して地面をバンバンと叩き出す。


 そして次第に腹を抱えて地面をのたうち回り始める。


「おい、……大丈夫か?」


 ピコン!


【↓ウンコマンが心配そうにこちらを見ている】


「ひぃーっ、……ひっ、ウンコマン! ウン、……ひっ、し、死ぬー!」


 ……こいつ、ゲラ過ぎんだろマジで。


「まぁいいや、オメー家まで送ってやんからケツ乗れよ?」


「え? ウンコマンのケ、ッブフォっ!」


 お嬢は言ってる途中で横を向いて口と鼻から透明な飛沫を轟音と共に飛ばす。


「汚ねーなーもう」


「ぅっ、ぷくく、ウンコマンに汚い言われたくないし」


「いや、まずそれこいつのウソだしよ? 俺ぁ別にウンコ漏らしちゃねーよ」


 ピコン!


【↓と、ウンコマンはこのように供述しており……】


「ひぃーっひっひっ! 死ぬぅ!」


「……ウィン子テメいー加減にしろよ? ったくウンコと一文字違いの名前しやがってよぉ」


「ーーウンコと一文字違い! ……ブフォッ」


 ……もうこいつらいー加減にしてくれよ。


卍卍卍


「……で、この人間は?」


 ガルムの村の中央広場、暇だと騒ぐお嬢が無理矢理ついてきて(暇でしにそうらしい)、突然の人間の来訪に驚いた親分・ケーちゃん・ガル太郎(名前は忘れた)に囲まれている。


 ケーちゃんは何やらニヤニヤと俺とお嬢を見比べ、ガル太郎はオドオドして『アニキぃ』と呟いている。


 そしてガルムの親分がお嬢に思いっきりメンチを切る。


「なによー、文句あんの?」


 お嬢も負けじと睨み返すが、親分は両前足で『やれやれ』のポーズをしながら視線をこちらに流してくる。アメリカドラマか。


「いやぁ、つい道で拾っちまったんだよなぁ」


「拾ったとかウンコのクセにシツレーあいたっ!」


 ギャーギャー喚くお嬢のデコにチョップをくれてやる。


「で、捨てよーとは思ったんだぜ? けどよ? なんか面白いとこ連れてけとか言うしさぁ……」


 俺がゴメンて感じで言うと、親分はちょっと困った感じの顔になる。


「……まぁ、お前は村の恩人だしな。人っ子1人連れてきたくらいで文句は言いたくないのだが」


「……だがなんだよ?」


 煮え切らない感じの親分に少し苛立っち待った俺は、ちょっと棘のある語気で先を促してしまう。


「…………その女の素性だ。その衣服にその髪、……まさか貴族ではあるまいな?」


「いやアンタ貴族て……」


 このネットとかに支配されたこのご時世に貴族て、それもこのウンコマン女がか? 


「貴族て、舐めないでくれる?」


 ほらな。


「アタシはマルソウ王国の姫、マーシャルよ!」


 なるほど、そういう設定の地下アイドルか。でもこいつのキャラで姫設定とかちゃんと人気出てんのかな。


「姫のアタシにその上等な態度、後でどーなって……ってウンコマン何泣いてんのよ?」


「……え?」


 しまった。地下のステージで他のアイドル目当てに来た客達に見向きもされず、スマホばっか見てる客の前で熱唱してる姿を想像すると涙が。


「ま、マルソウ王国のマーシャルだと?」


「え、何ケーちゃん知ってんのか?」


「いやいや知らないアンタのほーが異常だから」


 うーん、まぁ確かにここぁ俺の地元じゃねーからなぁ、そんなもんなのか。


「なるほどなぁ、テメェそんな有名なアレだったんだなぁ、俺ぁ安心したよ、……ひぐっ」


 武道館を満タンにして、ペンライト振りかざすオタク達にオタ芸をされまくりながら楽しそうに歌うマーシャルの姿を思い浮かべると、今度は逆の意味で涙が溢れてくる。


「な、何泣いてんのよ」


「ひぐっ、……よかったなぁ、お前ファンが沢山いるんだなぁ」


「いや、ファンて何よ? そりゃマルソウ王国の国民は50万人いるし? 国民は全員超絶可愛いアタシのファンでもあると言えるし?」


 そっか、……こいつの世界観じゃファンを“国民”って呼ぶ設定なんだな。


「……そりゃあ、よかったあだっ!」


 満足げに頷こうとしたら頭をハタかれる。


「……ってぇなあ、なんだよ?」


「バカ! 何フツーに肯定してんのよ? そのまま流されたらアタシが痛い奴みたいじゃないの!」


 怒りだしたマーシャルは顔を真っ赤にして叫びながら俺から逃げるように視線を外し、ケーちゃんを上目遣いで見る。


 ああ、冗談だったのか。デフォでイキってるから全然わかんなかった。


 よっぽど恥ずかしかったらしく、「……ねぇ、ウンコマンがわるいわよね?」とでも言いたげにケーちゃんをジッと見ているが、頼る相手を間違えている。


「……我は冥界の番犬、人間風情の痛い痛くないなどわかりはしない、そんなものはお主が気にすることではない」


 言いながら状況再現波で弱みのある他人を追い込むのが趣味な冥界の番犬は、はマーシャルの肩にポンと優しく前足を置く。


 そして俺にだけわかるようにニヤリと笑う。


「……ワンちゃん」


 そして冥界の番犬は努めて優しい顔(垂れ目の犬ってなんかムカつく顔してるよな)を作って優しい声で、


「だから気に病むことはないのだ。お主がいくらイキろうと国家権力を持ったパパが助けてくれる、そうだろう?」


 まるで出来の悪い我が子に自信を与えようとでもしているかのような柔らかい声音で語りかける。


 もう辞めてやれよ。


「……バカにしてるでしょ?」


 マーシャルはプルプルと震え始める。こいつ、泣いちまうんじゃねーか? ホントもう辞めてやれよ。


 

「いや、そうではない。そう、お主は悪くないのだ、お主の容姿が良いから冗談とはわからなかっただ。そう、お主は50万のファンを抱える国民的アイドル、その名もマー……痛いっ!」


 バゴン! という轟音を響かせて、ウィン子がケーちゃんの後ろ頭を盛大に叩く。



 ピコン!


【ばかー!(*`へ´*) 根性が曲がってるのは知ってましたけど、女の子をそんなにイジメちゃダメでしょーが\\\٩(๑`^´๑)۶////】


「……ウィン子ちゃん」


 ピコン!


【あーあー、そんなだからあなたはいつまでも自前の盗撮犬動画で1人ファックするしか脳のないワンちゃんなんですぅ( *`ω´)】


「くっ、……この黒板風情がぁ」


 くいくい。


「……ねぇねぇ」


「なんだよ?」


「……この子達、昔何かあったの?」


「いや、こいつらまだ出会って3日だし、初対面の時からこうだったんだよな」


「……なんか、ゴメンね?」


「気にすんな」


 俺達は視線を合わせて、フッと笑い合った。

 



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