女社長と童女は秒で転生する

 とりあえず四郎は良子を招き入れ、話を聞くことにした。

 自分はデスクの席に着き、彼女にはその前にあったテーブルを挟んだソファーに座ってもらう。


「ありがちですが、わたくしはトラックで転生したんです」


「は?」

 話し始めた良子だが、何がありがちなのかわからなかったのでさっそく聞き返す。

「トラックに乗っていたらということか?」


「やだなあ、転生といえばトラックに轢かれてに決まってるじゃないですか」

「決まっとらん。そのトラックへの風評被害は何なんだ。つまり事故か」

「いえ、他殺です。わたくし社長をやってたんですけど、ミスばかりする部下がいてですね。解雇したら恨まれて、会社の帰りに後ろからトラックの前に突き飛ばされたんです」

「その後、自称神に『死後の世界で魔王を倒せ』とか指示されたのか?」

「いえ、神を名乗る人物が最近の人間の信仰心欠如を愚痴ってて、わたくしが無神論者だと知るや神の実在を知らしめるためにと転生させられたんです」


 自分の経験とはだいぶ違う上にツッコみどころが多かったので、四郎は遠慮なく指摘していくことにした。

「その程度の無神論者なら大勢いそうなもんだが、おまえ一人にそこまでして構うとはそうとう暇な神だな。人一人転生なんてさせられるなら大衆に同程度の奇跡でも披露した方がよほど多く単純に信仰してしまう連中も得られそうなものだが。やはりバカなのだろうか」


「ええ」良子少将は無神論者らしく同意した。「だからわたくしは彼を神とは認めず、〝存在Y〟と呼んでいます」


「なぜY」

「別にWやZでもいいですが」

「いやそういう未知のものに用いられるのは大抵エック――」

「Yです!」

「いやエッ――」

「Yでお願いします!」

「わ、わかった。よくわからんがわかった」

「しかしするとそいつ……存在Yとやらは、特別名前も名乗らなかったわけか?」


「そうですね。名前というか、役職みたいなものだけ教えました」

 そして、彼女は衝撃を告げた。

「最上位神とか言っていましたね」



 ビソエト社会主義連邦共和国、首都スモクワ。クレムリン宮殿内のロシア・クラシック様式の会議室で、将校服の軍人たちが長机を囲んで軍議を行っていた。

「タスーリングラードでの敗北以来、クルス・イツドは勢いづき、ラウジーミルまで差し迫っています」

 場で最も階級の低い少尉が指し棒で示しながら、卓上のソ連地図で説明した。


 そこに、ノックもせずに伝令兵が駆け込んできてがなる。

「ポサード・セルギフエが陥落しました!」


 室内の人員は彼に注目して短い静寂を挟んだあと、各々動揺を表した。


「〝黄金の輪〟の防衛ラインが破られただと……」場で最も階級の高い少将が頭を抱える。「最後の報を聞いたときの戦線は、安定していたはずだが」


「それが」伝令は恐る恐る口にした。「クルス・ホムンクローン総統が業を煮やし、自ら前線に出てきたようでして」


 みなが戦慄する。

「国家元首が出向くだと!?」

「噂にはあった戦法だが、まさか事実とは!」

「イツド本国はどうやって防衛しているんだ?」

「統一された欧州の戦力に任せての進軍ということでしょうか?」

「支配下に置いたばかりの国々に任せるなど、無茶な!」


「……彼女ならありえます」

 最後の発言は少尉で、全員が着目した。

 彼は、以前戦場で直接クルスを目撃したという人物だったからだ。

「クルス総統自身は誰も殺さないとのことですが、異常な魔法力で兵を眠らせたり気絶させることも容易いとはご存じでしょう。帰還も一瞬で可能とのこと。加えて前例のない防御魔法をも展開し、米国による初の原爆を用いたトリニティ実験の現場にもわざわざ出現して耐えて見せた。各国が核開発を諦めたのはこの影響も大きい」


 ざわつく人々の中で、少将が注意する。

「少尉、貴君は機密に触れている。どこからそのような話を――」


「本人からです」

 真っ直ぐに上官を見返して少尉は告白した。

「戦地で遭遇した者はみな教わりますよ。まるで戦意を削ぐように。タスーリン閣下に不審がられるのを恐れて、多くが口をつぐんでいますが」

 なお彼は語る。


「なにせ、彼女は侵略した国のイケメンを囲い、逆ハーレムを築いているとも述べたのです。さらには奇妙な魅了の魔力も持ち、男たちも虜にされる。だからこそ命令を忠実に護るため、元首が出掛けていても本国の防衛は強固なのでしょう。戦死とされている行方不明の兵士も、実はほぼ連れ去られたイケメンたちなのです!」


「……?」

 みんな唐突な発言に戸惑って顔を見合わせたが、少尉は構わなかった。

 さも重大な告白をするように、一呼吸置いてから重々しく発声したのである。


「あれは、童女の皮を被ったビッチです!!」


 みんな、何言ってんだこいつみたいな表情をした。

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