ダンジョンに疑問を抱くのは間違ってるだろうか?

洞窟は秒で自然にできる

「珍しいですな。四郎氏が拙者の仕事にご同行とは」


 〝未踏みとう洞窟〟という仮称を付けられた、薄暗いダンジョンの中。

 暗闇でも使える光属性魔法を宿した光る紙と羽根ペンで地図を書く太田と、カナリア入りの鳥かごとカンテラを持った四郎が進んでいた。

 ギルドから、『未開地域に発見された未踏洞窟調査』の依頼を一番乗りで受けたオタクに、科学者が声を掛けついて来た形だ。ちなみに好奇心から一緒のクルスは指に灯した魔法の火を松明代わりに、一番先頭をうきうきで歩いている。


「頭の整理をしたくてな」

 開口した四郎は、そのまま太田に問う。

「あの女神たちが来そうにない場所で、意見を聞きたかったんだ。このあいだのゴッドブリンの件をどう思う?」


「その話ですか」

 神妙な顔つきになって、オタクは語る。

「ぶっちゃけ、拙者も幼女から熟女にまで興奮できるとは思いませんでしたな。老女は厳しかったですが、あれだけの女性の裸を生で見る機会はそうないでしょうし――」


「んな話じゃない」

 流れを戻す科学者。

「ダイヨンノを見学した際にリインカから聞いたが、異世界間を移動して侵略を目論む者に転界は自ら手を下すそうだ。ゴッドブリンは初めて直接目にした侵略者の実物だった。そういう能力を持つ者がいるなら、転界の神々との違いはなんだろうな」


「同じでしょうな」

 軽く、オタクは言う。

「フィクション内では、主人公らを転生転移させる存在はあまり疑問を持たれませんからな。仮にゴッドブリンが他者も転生転移できて拙者たちが対象となり、奴に神と自称されたら違いはなかったかもしれません」


 四郎は顎に手を当てて考える。

 手にした鳥籠内でのカナリアの囀ずりのみが、しばし石壁に反響する。

 元世界では毒ガスに敏感なため炭鉱などに連れていかれたカナリアはここでは魔物も察知でき、鳴き止む度に接近を告げていた。

「〝ファイアウェーブ〟♥」

 とはいえ片っ端から先頭のクルスが消し飛ばしているので相手にするまでもなかったが。先程から、いわゆる中身のない動く西洋甲冑であるリビングアーマーというモンスターばかりがいるのがやや気になった。


「〝アイスウェーブ〟♥ 〝ダイヤダスト〟♥ 〝ブレインパニク〟♥ 〝五劫ごこうの擦り切れ〟♥ 〝覇王炎はおうえん〟♥ 〝覇王炎〟♥ はおうえ~ん♥」


 楽しげな呪文を聞きながら、四郎は続きを話す。


「だとしたら、転界に協力していていいのだろうか」

「バッ○マンとジ○ーカーでござるな」

「うん?」

「アメコミですぞ」

「いや知ってるが」


「バッ○マンはヒーローでジ○ーカーはその敵役ヴィラン」構わずオタクは蘊蓄を傾ける。「ですが、ジ○ーカーはバッ○マンを『自分と同じ』と言います。どちらも法に従わず、勝手にヒーローや犯罪者をしているに過ぎない。双方無法者で自分のルールで動くだけの同類というわけですな」


「〝見張りQuis は誰がcustodiet 見張るipsos のかcustodes?〟か。ユウェナリスの風刺詩だな。アメコミでは、『ウォッチメン』といったところか」


「で、ござろうな。少なくとも拙者は、弱者を擁護する女神の方々の異世界への対応は賛同できますな。どうなっても外見で彼女たちを選んでしまいかねませんが。ふひひひひ」


 軽口を聞きながら、また四郎は悩む。

 間にも洞窟内はスムーズに歩けた。


 クルスが魔物を処理しているだけでなく、多少岩肌がごつごつしているくらいで歩きやすい。本来洞窟にはありがちな、通れないほど狭いところや急な斜面や穴、水没してる道などというのはなかった。

 当初四郎はケイビングスーツなどを用意しようとしたが、絶対いらないと太田に押しきられた。理由がわかってきていた。

 なにせ、たまに篝火かがりび蝋燭ろうそくなどの光源まで設置されている。


「あっ、階段はっけ~ん♥」

 やや前方でクルスが立ち止まって、報告をする。

 カンテラで照らすと、なるほど彼女の目前には地下への階段が口を空けていた。人が下りやすそうな綺麗な段差で、手すりまである。


「おっと」太田が、光る地図と羽根ペンでそれを描き加えながら言及した。「これで一階の全ルートが把握できましたな。次は下の階層を調べましょう」


「ところでオタク、ギルドからの依頼は何だったか」


「『洞窟が自然物か人工物かの調査』と『内部地図の作成』ですな」


「人工物はとうに確定だろう。歩きやすすぎるし、階段もきちんと作られている」


「おやおや四郎氏」太田は肩を竦めてやれやれという仕草をする。「ダンジョンでは自然にできた階段なんて珍しくないですぞ」


「いやおかしいだろう」多少イラッとする四郎だった。「蝋燭や篝火まであったぞ。誰が設置していつから燃えてるんだ、燃料も必要だろう」


「そんな程度のことは、異世界に自然とできたダンジョンではよくあることですな」


 述べるや、彼はクルスと並んで地下へ向かっていく。


「ゲームじゃないんだから」

 科学者は納得できなかったが、ついていくしかなかった。

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