ゴブリンは秒で増殖する

 ゴッドブリンは、ダイゴノとも異なる世界の出身である。

 その世界でも最下級モンスターであったが、魔王の創造物ではなかった。ためにか、あるとき突然変異によって特徴的な一匹が誕生した。


 ――イケメンである。


 あまりのイケメンぶりに、美女型の魔王が交配を自ら望むほどに。

 かくして生まれた子供もイケメンで、またモテた。


 魔王を倒した女勇者が自ら交配を望むほどに。


 しかしイケメンは二代しか持たず、次に生まれた子供はフツメンだった。


 代わりに、彼は魔王と勇者の資質を受け継いだのか、とあるチート級のユニークスキルを宿していた。

 それを用いて反乱を起こし下克上。自らの母たる勇者をも不意討ちで手にかけ、ついに魔物たちの頂点、大魔王に君臨。

 同族であるゴブリンたちの強さは変わらないが、待遇を改善した。


 そして魔物以外を根絶やしに、世界を実質的に支配した彼は異世界へも侵攻。手始めとしてダイゴノ侵略を企てたのである。

 もちろんというべきか、ダイゴノにも魔王とそれを倒そうとする転界の派遣した勇者はいた。そこで、逆に利用することを閃いたのだ。

 雑魚の振りをして、進化した魔力で同胞の束縛を解き放ち、魔王が討伐され安心した神が去るのをずっと待っていたのである。

 こうして、今という機会が訪れたというわけだった。


「――何を隠そう、イケメンの肉体を失う代わりにチートスキルを得たフツメンゴブリン。それこそが朕、ゴッドブリンなのだ!!」


 陶酔して半生を語るのに夢中になっていた彼が改めて確認すると、もう誰も聞いちゃいなかった。


 女神と人造複製は村民の娘たちを回復魔法で介抱して服を着せ、科学者とオタクは井戸水を利用した消火活動を終えたところだ。


「人の話を聞け!」


 怒る大魔王に、四郎は冷たく返す。


「人でなくゴブリンだろう、片手間だが聞いてもいた。で、おまえが得たユニークスキルとは?」


 自らべらべらしゃべるタイプと判断した科学者は、ストレートに尋ねてみる。

 なにせ前回のアースライムのように、能力次第では直接攻撃するだけでは対処しきれない可能性がある。


 ところが、


「〝覇王炎はおうえん〟♥」


 有無を言わさず火炎を投げたのはクルスだ。


「ぬわー!」


 狙いを絞ってもいない上級魔法は、間抜けな悲鳴ごと大魔王を消し炭にした。

 森の大部分も火事となる。


「え~、適当に撃っただけなのにっちゃった? 上級魔法でも魔王級が一撃なんて、やっぱざこじゃん♥」


「〝アルクビエレ・ドライブ〟」慌てて大気を操作、二酸化炭素をぶつけて山火事を消した四郎が隣人に問う。「奴のスキルは見抜けたか?」


 小声で太田にも頼んでいたのだ。


「ええ!」オタクは焦燥して同行者たちに呼び掛ける。「みな、安心してはいけませんな。奴はゴブリンがいる限り不滅ですぞ!」


『さよう』

 どこか遠くから、合唱が響く。先ほどのゴッドブリンのものだ。

『朕が魔王と勇者の血筋により得たるユニークスキルは、〝九十九魂レギオン〟』


「――ゴブリンにならば誰にでもなれる能力ですな。いわば転生でも転移でもなく、気がついたら異世界の誰かになっていた系の異世界モノ能力です。その力を任意に操ることができ、この世界のゴブリンになることで世界を越えてきたようですぞ!」


『説明取るな! 調子の狂う奴らだ。踏み潰して、女神たちとホムンクルスだけ貰い受けてやる。新たな嫁とし、さらに強力な子を産ませるためにな!』


 ぞっとする女神たち。

「こ、声が、近づいてきてるようですわ」

 それでも耳に手を当てて音源を探ろうとする、メアリアンの指摘通りだった。

 リインカが特定し、村のもう一面、崖の方へと駆けて叫んだ。

「あれ見て!」


 指差した先は、崖の下。ダイゴノ村が位置する山の麓の大荒野だった。

 ハジマリノから来た五人はそこに集い、目撃した。


 地平線の向こうから、岩と土の大地を埋め尽くすような黒々とした影が、星月の明かり受けながら近づいてくるのを。


『必殺、〝小鬼津波ゴブリン・ツナーミ〟!』


 紛れもなく、声は地を侵食する蠢く黒々としたものたちが発していた。


「まさか」愕然として悟ったのはメアリアンだった。「あれ全部、ゴブリンですの!?」


「す、数億はいますぞ」と太田。


「……まずい」リインカは世界の情報を取得した。目前にホログラム染みた情報が表示されたのだ。「異変を察知した転界が異世界ネットを更新したわ。ダイゴノはもう半分以上、ゴブリンに占領されてる。魔王を倒したと踏んで転界が監視を緩めた隙に、男はほとんど殺されて女は繁殖に利用された後よ!」


 ハジマリノとダイゴノのゴブリンは同一である。彼らは個体の弱さを補うため、胎内でも生後も成長が異常に早い。

 それでも本来は知能も低く、肉体も人族を弱くしたような類似点を持つため魔王軍でも対人類用の実験動物として扱われたり捨て駒とされたり、上位モンスターに捕食されたりするなどしてそこまで繁殖することはない。魔王軍滅亡により束縛がなくなり、全員に人並み以上の知能があれば別だが――。


『そう、朕はゴブリンになら誰にでもなれる。同時にでもな!』


 荒野を埋め尽くしつつ迫る数億のゴブリンたちが、ゴッドブリンとなって同時に雄叫びを轟かせていた。


「ふーん♥」ただ一人、余裕で四人の前に出たのはクルスだ。「殺しがいがありそうじゃん♥」


 彼女は両腕を掲げ、そこに先ほどを遥かに上回る炎を宿しだす。


「待てクルス」

 の前に腕を伸ばして制したのは四郎だ。

 彼はアルクビエレ・ドライブを視力に適用、暗視と望遠の機能を構成して観察。結論を出した。

「人質がいる」


「ほ、本当ですぞ」

 太田も鼻血を出しながらεὕρηκαエウレカで分析し、教えた。

「おそらく繁殖に使った女性たちを、最前列の兵士たちが盾にくくりつけ、前に構えています!」


「なんて鬼畜ですの!」

 メアリアンが怒りを露にする。


 まったくその通りだった。

 巨大な盾には、ほぼ余すことなく半裸や全裸の女性たちが縛り付けられている。それらの後ろから、ゴブリンたちは武器を構えているのだ。


『ふはははは!』

 ゴッドブリンは高笑いで宣告した。

『ちょっとでもおかしな真似をしたら人質たちを殺す。女神とホムンクルスは大人しく嫁となれ! さすればこれ以上侵略を進めずにダイゴノを去ってやろう。でなければこの軍勢で貴様らを呑み込んで奪い、残るこの世界の半分も根絶やしにしてくれる! 所詮は神の助力なしでは救われなかった世界だ、さしたる価値はない!』

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