第5話 消えない姿2

 夕暮れ、祖母とヨシノが出掛けている間に戸が叩かれた。近くの民家に住んでいる男だった。トウカを見ると驚くような顔をしてから、眉をひそめる。


「しばらく姿を見なかったのに、帰っていたのか。神隠しに遭ったとかなんとか、噂になっていたが」


 心配なんて色はどこにもない。侮蔑がにじむ声だった。それでトウカは、「帰ってきてはいけませんか」とつっけんどんに言った。


「べつに――そういうわけではないが」


 噓つき、とトウカは思う。

 お前は気味の悪い子どもなのだから、神隠しなんかにも遭うのだ。帰ってこなくてよかったのに――。そんな声が聞こえるようだった。

 こういう扱いも久しぶりだな、と冷めた気持ちで思うと同時に、腹が立った。

 タンゲツの妖力を持ったトウカのことを、タンゲツと同じ白い瞳を、人々は気味が悪いという。彼女のことを邪険にされているようで悔しかった。タンゲツは命をかけて主人を救おうとした優しい式神なのに。


「あ――」

「なんだ?」


 はっとして目を見開くトウカを、男はいぶかしげに見た。


 ――ウツギも、こんな気持ちだったのかな。


 ウツギと出会った頃、この瞳が嫌いだとトウカが言ったとき、ウツギも同じような気持ちだったのだろうか。いや、赤の他人にこの扱いをされて悔しいのだから、かつての主人であるトウカの振る舞いは、どれだけウツギを傷つけたのだろう。

 トウカは唇を噛んでから、男に向き直った。


「――祖母は今留守にしていますが、なにか用事があるなら伺います」

「ああ、いいよ。またばあさんがいるときに来るさ」


 これ以上トウカと話したくはないというように、男は引き返していった。男の背中を睨んでぴしゃりと戸を閉め、息をつく。ポチが心配そうに見上げてきた。


「私、本当にウツギにひどいことをした。分かったつもりになっていたけど、全然分かっていなかった。タンゲツのことを悪く言われるのは、こんなに悔しい――。謝りたい。謝りたいのに」


 ウツギはここにはいない。

 ウツギを傷つけてしまったぶん彼を救いたいのに、手が届かない。


「帰りたい」


 涙があふれた。

 心優しいあの式神に、もう一度会いたい。もう一度――。

 祖母たちが帰ってくるまで、トウカは泣き続けた。


(第5話「消えない姿」 了)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る