第8話 必死の説得2

 ――伝わったかな。


 トウカは不安になったが、努めて態度には出さないように気を付けた。そうして、店主はなにかに思い当たったのかはっとして顔を上げる。

かかった。トウカは内心で拳を握った。


「きっと、その簪を買ってしまえば、お客さんも同じような夢を見ます。嗚咽が響く夢。あなたの店で簪を買ってから眠れなくなった、なんてことになれば、苦情が出るかもしれませんね。――その簪お高いようですし、買い手というのも身分の高いあやかしなのではないですか。揉め事になれば大事でしょう。客商売の店主さんにはその手の苦情、痛手ではないですか」

「ううむ――、それは、たしかに――」


 店主は顎を指先で掻きながら唸る。目が落ち着きなくあちこちの空間をさ迷った。完全にトウカの、というよりウツギの思う壺だ。

 最後の仕上げとばかりに、トウカは口を開いた。


「その危険を背負ってまで、簪を売りますか?」


 店主は唸る。


「それもそうだが、いやしかし」と口の中で呟く。トウカはほっとした。

 この説得はもともとウツギが考えたものだ。本当ならウツギに話をしてほしいところだったが「厄介ごとに巻き込まれたのはトウカなんだから、自分で話せ」と大役を任されてしまった。

 無事に伝えることができるだろうかと不安だったが、なんとかなったようだ。ウツギをちらりと見れば、「お疲れ様」とでも言うように彼は頷いた。


 さて、とウツギが声を上げる。


「俺たちは一旦帰るか。商売のことなんだから、店主も色々思うところはあるだろうし、ゆっくり考えてくれればいいさ」

「ううむ――」


 店主は先ほどから、一寸ほどもある玉が連なった算盤そろばんを弾きながら唸り声をあげていた。もうすっかりトウカたちのことは見えていないようだ。


「苦情は困る。お客さんにそんな夢を見せて、ご迷惑をかけるわけにはいかないし――、いやあ、だがこの簪を大層気に入ってくださっているのに、今さら――」


 ああ、とこの世の終わりのような声を上げる店主を多少不憫に思いながら、トウカはヨシノとカグノの背を押して簪屋を出た。二人はトウカを見上げて、


「石、もとに戻るかな?」

「一つに戻れるかな?」


 と言う。


「うん――、多分大丈夫じゃないかな。手応えはあったと思うよ。ねえ、ウツギ」

「そうだな」


 二人の言葉に、少女たちは安心したように笑みを浮かべた。


(第四章 第8話「必死の説得」了)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る