第8話 疑心2

「あの薬を使っていると、なにが危ないの?」

「使いすぎると人の道を外れるらしい。あの薬は人の気配を隠すんじゃない、消していくんだ。どんどん人の気配が薄くなって、消えた気配は戻ってこない」

「それって、私はどうなるの?」

「さあ、さすがにそこまでは」


 トウカは顎に手を当てて考えた。うるさい心臓には気づかないふりをする。


「人としての気配が消えて、人の道を外れる――、そうしたら私の体は、あやかしに近づくのかな」


 人でなくなるとしたら、それはあやかしに近いもののように思えた。


「トウカ、大丈夫? 顔色悪いぞ。ごめん、俺余計なこと言ったかも」


 口数の少ないトウカに、アサヒは困ったように頬を掻く。


「でもほら、ウツギはそんな危ないことするやつには見えなかったし。もしかしたら俺の勘違いかも。似たような薬なんていっぱいあると思うから」


 早口で弁解するように言葉を続けるアサヒを見て、「大丈夫だよ」とトウカは無理に微笑んだ。するとほっとしたように息をついてアサヒはまた歩き出す。


「行こう、トウカ。なんか甘いもの食べて帰ろうよ」

「さっきお団子食べたでしょう」

「それはそうだけどさ」


 トウカも歩き出しながら、しかし頭では違うことを考えていた。


  ――殺される。


 菫色の髪のあやかし、シラバミに言われた言葉が頭によみがえった。

 気配を消す薬は毎日つけるようウツギに言われた。湖の水浴びだって習慣になっている。あれは人間の気配を隠して、妙なあやかしに絡まれないようにするためだと思っていたが、それが違うのだとしたら。

 トウカは自分の心がざわざわと波立つのを感じていた。


(第四章 第8話「疑心」 了)

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