第3話 鍵師の少年3

 あとはよろしくと言われたところで、トウカにはどうすればいいのか分からない。ウツギやヒサゴのおかげであやかしに慣れてきたとはいえ、見知らぬあやかしを前にすると緊張する。目の前にいる彼が見た目だけとはいえトウカより幼いことが気を楽にしてくれているが、それでもどうすればいいのか分からなかった。

 そんなトウカをアサヒは不思議そうにみて、「あれ」と首を傾げる。


「なんか変な匂い」

「え――」

「あ、ちがう、えっと、べつにくさいとかじゃなくて。あんたからつんとした匂いがしたから――!」


 アサヒは慌てて手を振りながらそう言った。

 ああ、とトウカは思い当ったが、言うべきかどうかを迷う。しかし純粋に気になっているらしい少年の姿にほだされてしまい、口を開いた。


「これは、私の匂いを消してくれる薬なの」

「あんたの匂い?」

「私、人間なの」


 そう言うとアサヒは目を丸めて、「俺、人間なんてはじめてみた」と感心したように言う。


「人の気配を消す薬ね――、まじない書で見たことある気がする。なんの本に書いてあったんだっけ」


 そう言って、記憶をたどるように空をみた。しかしふと顔を戻すと不思議そうな顔をする。


「でも、あんたからはあやかしの匂いもするよ。なんで?」

「あやかしが、私の中にいるみたいなの。どうしてかは分からないけど」

「へー、そうなんだ。あ、綺麗だね、あんたの瞳」

「――そうかな」

「うん」


 ありがとう、とトウカはぎこちなく笑った。

 不思議なもので、不気味と言われたこの瞳をあやかしの世では褒められることが多い。「あやかしのようで気味が悪い」と言われていたわけだから、あやかしばかりがいる世界ではこの瞳も普通なのかもしれない。


 ――ここにいたら、私も普通になれるのかな。


 あれだけ苦手と思っていたのに、あやかしに囲まれていた方が生きやすいなんて皮肉なものだと、トウカは目を伏せた。

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