第3話 鍵師の少年1

 ウツギに連れ出されて以来、トウカはまた街に行くようになった。

 ヒサゴのことはまだ思い出すたびに心が締め付けられるが、いつまでもこうしているわけにはいかない。じっとしているのは嫌だった。


 最近では鳥居階段に通うだけではなく、ウツギが紹介してくれた好事家なあやかしの家にも行くようになった。そのあやかしは、厚い眼鏡の上にもじゃもじゃな前髪が被っていて前が見えているのかもよく分からない容姿なのだが、本を集めるのが趣味らしい。

 あらゆる本を集めている変人だから、なにか手がかりが見つかるかもしれないとウツギが教えてくれた。


「え、僕の本を読みたい? もちろん歓迎だよ。いくらでも、どれだけでも見ていっておくれ。ただし、ここにある本は我が子のようなものだから、丁重に扱っておくれよ。破ったり汚したりしたら許さないからね」


 そう言って、好事家のあやかしはトウカを家に上げてくれている。まだたいした手がかりは見つかっていないが、なにもしないよりはずっといい。


 人の気配を隠すつんとした匂いの薬をつけて、その日もトウカは街を歩いていた。今日は鳥居階段に行こうかと考えているときだ。脇の座敷から出てくる少年の姿が目に入った。


「あ、あの子」


 朔の日にきらびやかな店、たまゆら堂の下でわずかに目があった少年だ。蓬生色の着物に袴をはいた、幼さの残る顔立ちの少年。じっとたまゆら堂の三階を見つめていた姿は記憶に残っていた。


「あれは鍵師のアサヒくんだね」

「うわっ」


 突然の声に驚いたトウカの足元に菫色が見えた。男は縁の下からのそのそと這い出てくる。トウカは盛大にため息をついた。


「シラバミさん、またそんなところから――いい加減飽きましたよ、その現れ方」


 じとっとした目をすると、シラバミは肩をすくめた。菫色の髪についた蜘蛛の巣を取りながら不服そうな顔をする。


「うーん、そうかい? それでは新しい出向き方を考えなくてはいけないね」

「普通に出てきてください、普通に」

「そんなの面白くないだろう」

「いいんですよ、面白くなくて」


 トウカは重い息をついて、「あの子のこと知っているんですか?」と聞くと、シラバミは頷いた。


「ここら辺に住んでいるあやかしの間じゃ結構有名だよ。まあ、ウツギくんはちょっと外れた場所に住んでいるから知らないかもしれないけどね」


 そう言うと、少年に向かって「おーい」と手を振る。それに気づいた少年が眉を寄せて嫌そうな顔をしているのが遠目にも分かった。それでも律儀にこちらに歩いてくる。

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