第10話 鎖の呪い3
両手でヒサゴの首にはめられた鎖に触れる。呪いを解きたいと願えば、自然とどうすればいいのかが分かる。力のこめ方も、気持ちの在り方も――。
昔からそうだった。まじない師の師匠である祖母が驚くくらい、トウカは勘だけでまじないを使うことができた。まるでまじない師であることが最初から決まっていたかのようだと、祖母は笑っていた。
鎖がぼんやりと黄金色に輝く。その光は次第に強くなって、闇に包まれていた座敷に光が満ちる。はじめは黄金色、そして光は増して白色へ。
「――っ」
トウカの指先が震えた。鋭い痛みが走ったかと思うと、指先から血が滴った。
――この呪い、とても強い。簡単には解かせてくれない。
呪いは幾層にも重なって、解かれることを拒んでいる。
だが、拒まれているにも関わらず、鎖から感じるのはあたたかい風だった。
この呪いを作ったヒサゴの主人の想い。どこまでも優しく、ヒサゴを守ろうとしていたのだろう。ただただ、ヒサゴを守ろうとするそんな優しさが、これだけの強い呪いを生み出したのだ。
大好き、だったのだろう。主人も、式神たちも、お互いのことが。
トウカは彼らが一緒にいたときのことなんて知らないが、きっと、とても穏やかで優しい関係だったのだ。そう思うと、トウカの胸が締め付けられた。いいな、と思った。どうしてか、とても泣きたくなった。
そして、そんな呪いを自分なんかが解いていいのだろうかと、ひとしずくの戸惑いが心に落ちた。優しさに包まれたこの鎖を解くことは、彼女の主人の想いを無駄にしてしまうのではないか。
――でも。
トウカは一度強く目を閉じた。
――会えないのは、きっと、とても辛いんだ。だから。
ごめんなさい、と顔も知らぬまじない師に向けてトウカは呟いた。
呪いを解いて、ヒサゴを解放する。彼女の望みを叶えたい。それだけを考えて指先に力をこめる。光は徐々に強さを増していった。
そして――。
勢いよく鎖がはじけ飛んだ。衝撃でトウカの体が押され、尻餅をつく。鎖は――、砕け散っていた。白く眩い光が立ち込める座敷に、黄金色の欠片となって鎖が舞う。
はらはらと、黄金色の欠片が星のように舞った。
トウカは欠片たちに手を伸ばす。触れた指先から温かい感情の波が押し寄せた。鎖に込められた、真っ直ぐな感情。これを作った、顔も知らぬまじない師がどれだけ素敵な人だったのか、トウカには分かる気がした。
「――綺麗」
とても、綺麗だ。
夢を見ているようだった。
そのとき。ごとり、と重い音がした。
夢うつつにそちらを見れば、あ、と声がもれる。ヒサゴの首から枷が外れていた。鎖は砕け散ったが、枷はそのまま残ったようだ。
「ヒサゴ」
「トウカ、ありがとう。私、あなたに会えてよかった」
首元があらわになったヒサゴの体も、さきほどまでの鎖のように、淡く光を帯び始める。彼女は笑っていた。優しく、幸せそうに。
「ヒサゴ――」
ヒサゴの体が薄れていく。光の海に溶けていく――。
消えて、しまうのだ。
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