第3話 眠るあやかし3
「この目は、私の中にいるあやかしの影響みたいで。こんな目をしている人間ほかにいないの。それに人より傷の治りも早い。ちょっとした傷口なら一瞬で治るくらいに。――お父さんとお母さんも、そんな私が気持ち悪くて、たまたま里にきていたまじない師のおばあちゃんに私を押し付けたの」
トウカの物心がつく前の話だ。祖母とトウカは血が繋がっていない。たまたま仕事で里にきたまじない師の祖母に、トウカは預けられた。
まじない師はあやかしと関わりをもつ。あやかしを使役したり、暴れるあやかしを鎮めたり――、人の世にある不思議な事象を取り扱う人々がまじない師だ。
祖母はいつだって優しく笑って、
「トウカは今のままだと人の里で生きにくいかもしれない。だから、あなたのご両親は、あやかしの知識がある私に大切な娘のあなたをあずけてくれたのよ」
そう言ってトウカの頭を撫でてくれた。でも両親には捨てられたのだとトウカは思っている。その証拠に、彼らは一度だってトウカに連絡をよこしてきたことなんてない。
「トウカって名前も、おばあちゃんがつけてくれたの。まじないであなたにぴったりの名前を見つけたのよって楽しそうに話してくれた。だから私、トウカって名前は大好き。でも時々、父さんと母さんは私に名前もくれなかったのかって思うときがある。私が気持ち悪いから――」
声が震えて、自分が情けなくなった。
「私、このあやかしの気配のせいでずっと一人だった。親にも捨てられた。だから私――、この目が嫌いなの。あやかしのことも嫌い。大嫌い」
最後は消え行ってしまいそうなくらいに声が出なかった。トウカが口を閉ざしてしまえば、廊下は静寂に包まれる。時が止まっているようにさえ感じるが、ろうそくの灯りだけはちらちらと頼りなく揺れていた。
ウツギはずっと押し黙っていたが、「そうか」と、やっと一言だけ発せられたその声は冷たくて、「あ」とトウカは声をもらした。
――ウツギはこの目が綺麗だと言ってくれたんだ。
トウカの目を綺麗と言ってくれたのは、今まで祖母とウツギだけだった。そんなウツギに対して、自分はなにを言ったのだろう。トウカははっとして顔を上げた。
「ウツギ」
「今日はもう寝ろ。俺も休むから」
ウツギはそれだけ言い放つと背を向けて、それ以上なにも言わず、なにも聞かず、部屋に入ると襖を閉めた。残されたトウカは呆然として、立ち尽くす。
綺麗と言ってくれたのに、この目が嫌いと言ってしまった。あやかしであるウツギに向かって、あやかしが嫌いだと言ってしまった。
「今、怒らせたよね――」
きゅうとポチが小さな声をあげた。
「ごめん、ポチのせいじゃないよ。もう寝るね、おやすみ」
ポチの頭を人差し指で撫でて、トウカは重たい足取りで廊下を歩いた。
(第三章 第3話「眠るあやかし」 了)
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