第277話 エピローグ:終わりの呪い

「フェリス!! 何やってるの!?」


 唐突に背後から声を掛けられた私は、身体を硬直させた後、ゆっくりと振り返った。


 そこには、私のことを鋭く睨みつけて来るお母さんの姿がある。


 栗色の長い髪の毛をふんわりと束ねているお母さんは、いつ見ても綺麗だ。


 なんて、今はそれどころじゃないと思った私は、何事も無かったかのように笑みを浮かべながら告げた。


「あ~、えっと、ちょっとお散歩でも行こうかなって思って」


「お散歩? それじゃあ、その背中に隠してるのは何?」


「ん? 何も隠してないよ!?」


 そう言った私は、背中に持ってた物をズボンの中に突っ込むと両手を前に出して見せた。


 直後、ズボンの中に入れた物が、ずるずると足を伝って下に落ちてゆく。


「あ……」


「ん~? どうしたの? フェリス」


「いや、なんでもないよ、お母さん。それじゃあ私、ちょっとお花を摘みに行きたくなりましたので、お先に……」


「ちょっと待ちなさい、フェリス!! 足元から見えてるわよ。それと、メアリーさんは誤魔化すための文句をあなたに教えた訳じゃないんだからね?」


「バレたものはしょうがない!! とんずらだ!!」


「こら!! そんな言葉、誰に教わったの!? ……まさか、ヴァンデンスさんじゃないでしょうね」


 すぐにでも私を追いかけてこようとする母さんから逃げるため、廊下に走り出した私は、直後、何かにぶつかった。


 思わず尻餅を付いてしまい、痛む鼻を押さえた私は、恐る恐る眼前に立っている人物を見上げる。


「フェリス。また何か悪さしてるのか? あんまりお母さんを怒らせちゃダメだろ?」


「お父さん……ごめんなさい」


「ニッシュ。帰って来てたの?」


「今帰ってきたところだよ。で? フェリスは何をやらかそうとしたんだ?」


 お父さんは私の頭を撫でながらお母さんと話をしている。


 多分今頃は、さっき私が勝手に持ち出そうとしたものを見せられている頃だ。


 怒られはしないかと、恐る恐るお父さんの様子を伺った私は、不意に目が合ったことに気が付き、身体を硬直させる。


 対するお父さんは、まるで何かを試すような視線で私を見てきた。


「フェリス。またダンジョンに一人で忍び込むつもりだったのか?」


 そう言ったお父さんは、小さなカギを私に見せながら問いかける。


 そんなお父さんに、私は抗議した。


「だって!! 魔法の練習したいんだもん!!」


「魔法の練習なら、訓練場で出来るだろ?」


「壁に向かって小石を飛ばす訓練なんか、飽きちゃった」


「なるほどなぁ……マーニャ、訓練場の設備拡張とかって」


「ニッシュ、そんなお金があると思う?」


「無いよな」


 一瞬でお母さんに玉砕されるお父さん。


 そんなお父さんを鼓舞するために、私はとっておきの言葉を宣言した。


「お父さん!! そういう時は、自分で作れば良いんだよ!! 作れる人が、最強なんだよ!?」


「ちょ、フェリス、やめてくれ、背中がむず痒くなるだろ!?」


「ふふふ」


 明らかに照れて見せるお父さんと、笑みを浮かべるお母さん。


 そんな二人に囲まれた私は、不思議と胸が暖かくなった気がして、笑った。


「2人して笑わないでくれよなぁ。はぁ。分かった。フェリス。今度時間を作って、訓練場の拡張をするから。それで我慢してくれ」


「あらあら、天下のウィーニッシュ様も、自分の娘には弱いわね」


「からかうなよマーニャ。ってか、自分の娘に弱いのは、当然だろ!?」


 そんな会話を交わす2人を見上げた私は、大きな疑問を口にした。


「お父さんは弱くないよ?」


 私の疑問を聞くなり、2人が私をキョトンと見下ろし、直後、優しい顔になる。


「あはは、フェリスは優しいなぁ。お父さん、感激したよ」


 そう言って笑うお父さんに私はもう一度言う。


「お父さんは弱くないもん!! だって、真っ赤な鬼さんを退治しちゃったんだもん!!」


「そうだね、フェリス。お父さんは強いよねぇ」


 私の頭を撫でながらそう言ったお母さん。


 その言葉を聞いて少し安心した私は、不意に、目の前にいたお父さんが、少し変な表情をしたことに気が付いた。


 どこか寂しそうで、悲しそうな、不思議な顔。


 そんな顔のお父さんは、私に笑いかけながら言う。


「そうだな。でも、本当のところを言うと、お父さんが強かったというより、あいつを支える人がいなかったってだけだと思うんだよなぁ」


 お父さんが何を言っているのか、私には分からなかった。


 ただただ、そういうお父さんの顔を、私は見つめていたのだった。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「目を醒ましたか」


 そんな野太い声で、俺は目を醒ました。


 ここがどこなのか、良く分からない。


 赤い部屋で腰かけている俺の目の前にいるのは、絵に描いたような地獄の主だ。


 閻魔大王と思われるその男は、俺の眼前に立ってこちらを見下ろしている。


 そんな男に、俺は問いかけた。


「ここは……俺はどうなった?」


「ここは地獄だ。貴様は、自らに掛けられた呪いを行使したことで、ここに落とされたのだ」


「呪い? あぁ、あの舌の奴か。あれが呪いだと? 上手く使えと言ったのは貴様だろうが」


「使い方を誤ったからこそ、ここにいる」


「何を言っているんだ貴様。ふざけるな!!」


「ふざけてなどいない」


「くそっ。おい、今すぐに元に戻せ!! 俺はあんなところで終わるような男じゃない!! 貴様の思い通りになるつもりは無いぞ!!」


 怒りに任せて叫んだ俺の言葉を、閻魔は完全に無視して見せる。


 まるで、馬鹿にするような視線で俺を見下ろした閻魔は、ゆっくりと口を開いた。


「人を呪わば穴二つと言うであろう。貴様は使い方を誤った。自らがここに落ちても、なんら不思議ではあるまい」


「何を言っている? 穴二つ? それならば、あの小僧も落ちるべきじゃないのか!?」


「落ちたぞ。あの男も」


「はっ!! ざまぁみろ!! あのくそ生意気なガキが。次に俺の目の前に現れたら、息の根を止めてやる」


「それが叶うことは無い」


「……は?」


「あの男は落ちた穴から這い出していった」


「なんだと? おい貴様、なぜ奴だけを優遇する!? ふざけるな!!」


「あの男には祝福する者が居た。あの男を祝福する者もいた。それがお前との差だ」


「何を言って」


「呪いも祝いも、貴様の持ちようによると言うことだ」


 俺の言葉を遮った閻魔は、そっと俺の額に手を触れる。


 直後、俺は額に激痛を感じた。


 メリメリという音と共に、何かが額から生えてくる。


 その激痛に耐えかね、地面をのたうち回る俺に、閻魔が最後の言葉を投げかけた。


「貴様が呪い奪った物と、貴様に呪われ奪われた物。それらが尽きるまで、貴様は貴様自身に呪われる。それが貴様に課せられた、終わりの呪いだ」


 意識が朦朧とし始める中で、その言葉を聞いた俺は、全く持って意味を理解できなかった。


 理不尽な呪い。


 そんな呪いに対して、俺はただひたすらに、怒りと恨みを抱いたのだった。

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