第273話 最期の最期
「ちょっと!! ニッシュ、どこに行く気!?」
そう叫びながら俺の後を追いかけて来るのは、言うまでもなくマーニャだ。
彼女の言葉を無視して、ハッチから通路に飛び降りた俺は、そのまま甲板に向かう。
扉を開いて外に出た俺は、吹き荒れる風でバランスを崩しながら手すりに掴まり、遥か下に立っている鬼を見下ろした。
既に咆哮をやめている赤い鬼は、まっすぐにこちらを見上げている。
そんな鬼の周りはよほど気温が高くなっているのか、転がっている多くの瓦礫に火が付き始めていた。
『ニッシュ、どうするつもり?』
『……どうするべきだと思う?』
頭の中で尋ねて来るシエルに、俺はそう問い返した。
もし、バーバリウスの舌にあった紋章が、俺と同じものなのだとしたら。奴も閻魔大王に会ったということだろうか。
出来る事なら、確認したい。詳しく話を聞きたい。
だけど多分、今の奴の状況は、いわゆる“失敗した”という状況なんだと思う。
何をもってそう判断できるのかは分からないけど、俺は謎の確信を持っていた。
「ニッシュ!! ここは危ないから、早く中に入ろうよ!!」
扉の所から声を掛けて来るマーニャ。
そんな彼女をそっと振り返った俺は、一拍の沈黙を置いた後に、答えた。
「マーニャ。バンドルディア先生達と一緒に、皆と合流してくれ。そして、合流次第、ゼネヒットに戻るんだ」
「ニッシュ? それはどういう……」
「俺はちょっと、あの赤鬼を止めに行かなくちゃならないみたいで、少し寄り道していくよ」
「何言ってるの!?」
「大丈夫、絶対に帰るから安心してくれ。知ってるだろ? 俺1人だけなら光魔法ですぐにゼネヒットに帰れるってこと」
そう言った俺は、甲板の手すりを乗り越えると、王城のあった方角へとラインを描いた。
「待って!! ニッシュ!!」
そう叫んだマーニャが追いすがろうとしてくる様子を、視界の端で見た俺は、意を決して船から飛び降りた。
同時に、光魔法を発動した俺は、一瞬にしてバーバリウスの頭上に到達する。
『何もない空なら、思う存分速度を出せるから、気持ちいいんだよなぁ』
そんなことを考えながら落下を始めた俺は、焼け野原になっている地面に着地すると、光魔法を解除した。
そして、やたらとデカい赤鬼と化してしまったバーバリウスを見上げながら、告げる。
「暑いなぁ……カーブルストンのダンジョンを思い出すよ。もしかしてお前、この国を地獄に変えるつもりなのか?」
「……」
「なんてな、意識なんてないよな? だと思ってた」
『ニッシュ、こんなデカブツ相手に戦えるわけ? やっぱり私達も逃げた方が』
「シエル、ここにきて弱腰か? 俺達なら大丈夫だって。それに、ここでケリをつけるべきだって、俺は思うんだよ」
『ケリ?』
「うん。だってそうだろ? こんな奴が王都で暴れ続けたら、この国も、場合によっては世界までもが終わるって。それに……」
そこで言葉を切った俺は、それ以上口にすることはしなかった。
その代わり、以前抱いた疑問を思い返す。
俺が今までに繰り返してきた失敗のうち、未だに明らかになっていない6回目の失敗。
その失敗の理由が、何なのか。ミノーラが俺に見て欲しくないと言っていた失敗とは何なのか。
その答えが、今目の前にある気がする。
もし仮に、俺達が打倒バーバリウスを成し遂げて、平和に暮らすことができたとしても。
例の紋章を持っているバーバリウスが存在し続けている限り、その世界に安全な場所は無いのではないだろうか。
「結局、俺もこいつと同じように、奪うことから逃れることはできないわけだな」
奪うんじゃなく作るんだなどと、偉そうに語っていた自分が恥ずかしい。
それでも、ここで引くわけにはいかないと思った俺は、改めて身構えた。
直後、赤鬼が動きを見せる。
先ほどと同じように盛大な雄叫びを上げる赤鬼は、大きく広げた両腕に2種類の魔法を展開した。
右手は炎魔法、左手は氷魔法。
それぞれの腕から発せられる熱気と冷気を垂れ流し始めた赤鬼は、強烈な地響きを轟かせながら、俺に向けて踏み込んでくる。
咄嗟に光魔法で上に逃げようとした俺は、直後、赤鬼の攻撃がフェイクだったことに気が付く。
赤鬼は背中の翼で周囲の空気をかき混ぜると、巨大な竜巻を形成し始めたのだ。
あまりに強いその風に煽られながら、赤鬼の周囲を旋回した俺は、右手で狙いを定めながら雷魔法を放つ。
その傍らで、左手からラインを伸ばした俺は、地面にそれらを潜り込ませると、岩の槍を作り出した。
地面から伸びる岩の槍は、問答無用で赤鬼の足や腰に突き刺さってゆく。
あまりの痛みに耐えかねたのか、再び咆哮を上げる赤鬼は、怒りに任せるように左腕を大きく振った。
それに合わせるように、赤鬼の周囲に無数の氷の槍が生成され、竜巻の中を縦横無尽に飛び交い始める。
更に、今度は右腕を大きく振った赤鬼の周囲に、いくつもの炎の弾が生成され、ゆっくりとした速度で俺の方へと動き出す。
素早く飛び交う氷の槍と、じわじわと追いつめて来る炎の弾。
それらを警戒しながら、攻撃の隙を伺っていた俺は、そこでようやく赤鬼の様子がおかしいことに気が付いた。
奴の全身が、少しずつ明滅を始めているのだ。
「嘘だろ!?」
氷の槍と炎の弾が飛び交っている竜巻の中に、身を隠すような場所は無い。
明滅し始めている赤鬼自身は、ゆっくりとその場にうずくまるようにしているため、どうやら動けないらしい。
その様子を確認した俺は、すぐに地面に降り立つと、急ごしらえの岩壁を作り出す。
四方を取り囲むように作ったそれらの岩壁で、奴の爆発を完全に防げるとは思えない。
だけど、多少なら軽減できるはずだ。
そんな風に考えた俺は、しかし、その考えは甘かったのだと、すぐに思い知らされる。
突如として、岩壁が砕け散ったかと思うと、俺は巨大な腕に身体を掴まれてしまったのだ。
全身に痛みを覚えながらも、状況を確認した俺は、すぐに理解する。
うずくまった状態の赤鬼が、俺の方に顔を向けながら、その左腕を伸ばしてきているのだ。
「そんなのありかよ!?」
『ニッシュ、ヤバいわよ!! こいつ、氷魔法で』
「分かってる!!」
身体を掴んでいる赤鬼の左腕は、明滅しながらも氷魔法を発動し始めた。
当然ながら、俺の身体は少しずつ冷気に浸されてゆく。
全力でその腕から逃れようと藻掻いてみるが、ビクともしない。
と、そんな状態で俺の両手の甲がまばゆい光を放ち始めた。
その光を見た俺は、一瞬躊躇した。
紋章の力に頼れば、この赤鬼を倒すことができるかもしれない。
だけど、倒せたとしてもその時には多分、俺は皆の元に帰れないだろう。
そう考えた時、今までに出会ってきた多くの人々の顔が、俺の脳裏をよぎった。
せっかく皆で作り上げたゼネヒットの街にも、戻ることができなくなる。
そこまで考えた俺は、それ以上考える事をやめた。
どっちにしても、このままここで俺が死んでしまったら、結果に変わりはない。
「やるしか、ないよな!!」
ギリギリと締め付けて来る赤鬼の手が、俺の肺を圧迫する。
そんな状態で無理やり叫んだ俺は、紋章からあふれて来る力を全力で引き出しながら、両手を赤鬼の手に添えた。
そして、全力を込めて叫び、雷魔法を放つ。
「どうせ死ぬなら!! お前も道連れだ、バーバリウス!! これからは地獄の同僚として、よろしく頼むぜ!!」
激しく明滅する赤鬼の身体に、何度も何度も雷撃を喰らわせる。
幾度も鳴り響く雷鳴は、赤鬼の身体の表面を少しずつ炭化させ始めた。
それでも止まらない明滅が、更に激しさを増すにつれて、俺を締め付ける赤鬼の手の力も強くなる。
そして、紋章のせいか、はたまた、体を締め付けられてしまったせいで、気が遠くなり始めていた俺は、最後の一瞬に、眩い光を目にした。
身体を打ち付けるような猛烈な衝撃と熱、そして痛みが全身に広がる。
空気が焼けてしまったせいか、呼吸もできない。
光が焼けてしまったせいか、何も見えない。
終いに薄れてゆく意識の中、俺が最期の最期に考えたのは、とある人物の事。
『マーニャ……ごめん』
そんな思いと共に、俺の意識は途絶えたのだった。
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