第98話 小さな達成感

 目的の場所、バーバリウスの屋敷の前にたどり着いた俺は、物陰に身を隠して立ち止まると、息を整えた。


 ここからが正念場だ。


 今回の救出作戦では、俺以外の手助け、すなわちヴァンデンスやゲイリーの助けは望めない。


 そうするのには色々な理由があった。


 1つは、ハウンズ側に俺の単独行動だと認識させること。


 そうすることで、バーバリウスの油断を誘うことができるだけではなく、ヴァンデンス達の能力を隠すこともできる。


 2人の能力は、これから先の作戦で重要になるのは明白なのだから。


 もう1つは、モノポリーからの接触を誘発する目的。


 こちらに関しては、記憶の欠片を探すという俺の目的のために欠かせないものだ。


 モノポリーからしても、反ハウンズの思想を持った個人に働きかける方が、声掛けのハードルが低いと思われる。


 組織間の交渉となると、色々と考えることが出てくるからな。


 だから俺は、今から一人でバーバリウスの屋敷を襲撃し、奴隷たちを解放しなければならない。


『これで東門までの道は確保できたわね。で、あとは……』


「あとは、あいつの屋敷から皆を連れ出すだけだ」


 頭の中で響いたシエルの声を引き継ぐように、俺は呟いた。


 そうして、覚悟を決めた俺は、気持ちの勢いに任せて走り出す。


 正門前で警備していた兵隊達めがけて疾走した俺は、走りながら尻尾に構築した雷魔法を二人の兵士にぶつける。


 バリバリという音と共に崩れ落ちる兵士たちを横目に、俺は閉ざされたままの門を思い切り蹴りつけた。


 途端、硬い門が激しい音を立てて吹き飛び、道が開かれる。


「敵襲! 敵襲! 正門を突破された! 直ちに迎撃せよ!」


 周囲に響き渡る怒号を聞き流しながら、正門の脇にあった小さな扉を、俺は蹴破る。


 その扉の先に、前回の記憶で俺が住んでいた奴隷小屋があるはずだ。


 すぐにでも小屋に向かいたい気持ちを抑え、背後を振り返った俺は、いつの間にか俺を取り囲んでいる兵士たちに目をやる。


「よぉ、トルテ。一週間ぶりだな、元気にしてたか?」


 兵士達に紛れて俺を睨みつけているトルテを見つけた俺は、気さくに語り掛けた。


 当然ながら、そんな俺の言葉にトルテが返事をするはずがない。


 怒りにゆがめた表情のまま、右手を振り上げたトルテは、周囲の兵士たちに命令を下した。


「全員かかれ! そいつを拘束しろ! 気絶させても構わん! 身の程を叩き込んでやれ!」


 怒号と共に一斉に飛び掛かって来る兵士たち。


 そんな彼らを大きく飛び越える形で跳躍した俺は、トルテの眼前に着地した。


 そして、歯を食いしばっているトルテに向けて告げる。


「悪いけど、中途半端な兵力じゃ、俺を止めることはできないよ」


 言うが早いか、トルテの右肩に飛び掛かった俺は、そのまま右足のつま先からジップラインを描いた。


 トルテを中心とした竜巻のように描かれたラインに、俺の右足が引っ張られる。


 当然ながら、俺に右肩を掴まれていたトルテは、なすすべもなく高速で反時計回りに回転した。


 何回転しただろうか、トルテの足元がふらつきだしたのを確認した俺は、魔法を解除すると同時に掴んでいた肩を放す。


 遠心力によってはじき出された俺は、着地した反動を利用してトルテに向かって飛び掛かると、勢いを乗せた左の拳を彼の顔面に打ち付けた。


 短い悲鳴を上げて吹っ飛んで行くトルテ。


 そんな彼を見届けた俺は、茫然と立ち尽くしている兵士達を一瞥する。


「なんだ? まだやるか?」


 そんな俺の言葉に対して、兵士たちは沈黙を続ける。


 歯向かう気はないと判断した俺は、そのまま扉を通り、奴隷小屋へと向かった。


 そうして、手当たり次第に全ての扉を破壊して回った俺は、ぞろぞろと外に出てくる奴隷たちに向けて言い放つ。


「逃げたい奴は俺に着いて来い!」


 短く、そして明確な言葉。


 それだけを残した俺は、すぐに踵を返すと、正門に向けて走り出した。


 正直なことを言えば、皆がちゃんと着いて来ているか確認したい。


 したいが、そんなことをしている暇は残されていない。


 思考の中を飛び交う焦りに押し出されるように、正門にたどり着いた俺は、そこで焦りの元凶と対峙することになる。


 屋敷から正門にかけて続いている石造りの小道。


 そんな小道を、一人の男が歩いてきているのだ。


 視界の端でその姿を捕えた俺は、すぐに足を止めると、すぐ後ろに着いて来ていた奴隷の男に囁きかける。


「東門に向かっててくれ。大丈夫、俺はちょっと立ち話をしてから向かうから」


 奴隷の男は、俺の視線の先にいる人物をみて悟ったのか、他の奴隷を引き連れて正門から外に駆け出して行った。


 ぞろぞろと続いてゆく奴隷たちの足音を背中で聞きながら、俺は歩み寄ってきている男、バーバリウスを睨みつける。


 約10メートル程度の場所で立ち止まったバーバリウスは、俺の背後を駆けてゆく奴隷たちをチラッと見たかと思うと、ゆっくりと告げた。


「小僧、何者だ?」


 例の如く、胃に響くような低い声が、俺の身体に緊張を走らせる。


 そんな緊張を悟られないようにするため、そして、少しでも時間を稼ぐために、俺は軽口を繰り広げた。。


「俺のことを忘れたのか? 失礼だなぁ。しっかりしてくれよ、バーバリウス。そんなんじゃ、あんたをぶちのめしたところで、俺の恨みが晴れないだろ?」


 背後の足音が少しずつ減ってゆく。


 どうやら殆どの奴隷たちは逃げ出すことに成功したみたいだ。


 対するバーバリウスはというと、若干憤りを滲ませた表情のまま、なにやら考え込んでいる。


「どうした? まさか本当に俺のことを忘れてるのか?」


「……」


 俺と会話をするつもりは毛頭ないらしく、黙り込むバーバリウス。


 おかげで時間を稼ぐことができたと、内心ほくそ笑んだ俺に気が付いたのか、バーバリウスはついに口を開いた。


「……ふん。まぁ良い。どちらにしろ、貴様はやりすぎた。ここで制裁してくれる!」


「悪いけど、今はあんたにかまけている時間はないんだよね」


 今にも攻撃を仕掛けてこようと身構えたバーバリウスに、変わらず軽い口調で言い放った俺は、あらかじめゲイリーにもらっていた煙幕を取り出し、地面に投げつけた。


 途端、激しく噴射された黄色い煙と鼻の奥を針で刺すような臭いが周囲に充満し始める。


「っ!? この臭い」


 広がる煙がバーバリウスを包み込んだ瞬間、彼は何かに驚いたのか、短く呟いた。


 俺はその呟きを聞き逃さない。


「お、さすが、バーバリウス。知ってたんだな。そうだよこの煙幕には爆霧草の粉末が使われてる。要するに、この中で魔法を使えば、特に炎魔法を使おうもんなら、ここら一帯が焼野原になる」


 これはヴァンデンスの受け売りなのだが、爆霧草と呼ばれる植物がダンジョンに自生しているらしい。


 その特徴は、近くで魔法を使用すると、その魔法に反応して燃え上がるとのこと。


 特に炎魔法には激しく反応し、爆発するのだと。


 先日、ゲイリーに連れられて飛び込んだ小さな穴には、この爆霧草が生えていたため、魔法を使えなかったというわけだ。


 たとえ氷魔法を得意とするバーバリウスだとしても、迂闊に魔法を使用することはできなくなる。


 想定通り、沈黙を貫くバーバリウスを置き去りにする形で、俺はすぐにその場を離脱した。


 煙から飛び出し、臭いも感じなくなったところで、俺はジップラインを描き、奴隷たちの後を追った。


 所々で兵士が倒れているところを見ると、上手く逃げることができているようだ。


 そうして、東門前にたどり着いた俺は、立ち往生している奴隷たちの頭上を飛び越える。


 しっかりと閉ざされた東門の目の前に着地した俺は、足元の地面に拳を突き立てると、土魔法を発動した。


 見る見るうちに盛り上がって来る地面に押し負ける形で、鉄でできた門がひしゃげてゆく。


 そうして出来た大きな隙間を通って外に出た俺は、奴隷たちが着いて来ていることを確認すると、ダンジョンに向けて走りながら呟いた。


「よし! これで脱出できたな。後は……」


「おい、お前! こっからどうするつもりだぁ?」


 安堵していた俺に向けて、背後から何者かが語り掛けてくる。


 切れ長の目とオールバックの白髪を持った若い男。


 背中にバディを拘束するための箱を背負っているため、奴隷で間違いないだろう。


 そんな男に向けて、俺は軽い口調で返事をした。


「ん? ダンジョンに向かう」


「ダンジョン!?」


「そう、ダンジョン。あの中って、意外と生活できるもんだぞ? 地下なのに光とか森があるから、食い物に困らないし。ハウンズの追っ手を退ける手段にもなりうる」


「……」


「嫌なら来なくていい。俺は『助かりたくない』って奴まで助けるような善人じゃないからな。一緒に戦う覚悟のある奴だけ、着いて来い」


 そんな俺の言葉に何も言えなかったのか、男を含めた全ての奴隷たちは黙ったままついてきた。


 まぁ、他に行く当てもないだろうしな。


 しばらくして、ダンジョンにたどり着いた俺達は、足を止めることなく、大穴の壁面の道を走り続ける。


 そうこうしていると、先ほどの男が再び声を掛けてきた。


「こんな下層まで降りるのかよ!?」


「上層じゃすぐに捕まるかもしれないだろ? それに大丈夫だ。この辺の魔物なら、俺でも倒せる」


「バケモンかよ」


「やめろよ、褒めるなって」


「褒めてねぇよ!」


 声を荒げる男だったが、その顔にはどこか薄い笑みが浮かんできているように見える。


 そんな彼と、その後ろを着いて来ている奴隷たちを盗み見た俺は、小さな達成感を覚えたのだった。

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