第82話 焔幻獣ラージュ

 ウィーニッシュやヴァンデンスが、アルマ救出のために各々の役割を全うしていたころ、ゲイリーもまた、自身の任務を遂行していた。


 ゼネヒットの西に位置する武器庫。


 ヴァンデンスと別れた後、真っ先にそこへ向かった彼は、武器庫前の通りが見える物陰に身を潜め、静かに機会を伺う。


 機会とはもちろん、武器庫へ侵入する機会のことだ。


 この武器庫には、ハウンズが長い時間をかけて集めた武器が大量に保管されている。


 剣や槍といった刃物だけでなく、魔法と併用する特殊なものまで。


 そして何といっても、世界でも数少ない生物兵器。


 モノポリーとしても、ハウンズを相手取るにあたって、早めに抑えておきたい敵拠点と言えるだろう。


 そういう意味では、今回の作戦はゲイリーたちにとっても好都合だった。


 ウィーニッシュが街に混乱をもたらし、ヴァンデンスがアルマを連れ去る。


 そして、ゲイリーがさらに混乱を発生させることで、ハウンズの持っていた優位性を大きく切り崩すことができる。


 ただし、この作戦を成功させるには、かなりのリスクを負う必要があった。


 主に、武器庫へと赴いているゲイリーが。


 程なくして、空に雷鳴が轟き、街にウィーニッシュの声がこだまする。


「時間、か……」


 ゲイリーは通りを忙しなく行き交う兵士達の姿を盗み見て、ため息交じりに静かに呟くと、路地から通りへと足を踏み出した。


 その一瞬で、彼の姿が大きく様変わりする。


 通りを駆けている兵士達と同じ服装に変化した彼は、そのまま小走りで武器庫へと向かった。


 余計な会話はせず、正面だけに意識を集中して、程よく存在感を消す。


 数々の修羅場を乗り越えてきた彼が会得した、潜入の技術が活きたのだろう。


 難なく武器庫へと入り込むことができた彼は、黙々と武器の準備を整えながら、内部の様子を伺った。


 目的は、焔幻獣えんげんじゅうラージュ。


 彼自身、実際に目にしたことはないが、全長5メートルを超える人型の幻獣らしい。


 それだけの大きさなのであれば、隠すのはそう容易ではない。


 そのうえ、名前の通り炎を司る幻獣であるため、それ相応の対策が為されているはずだ。


 それらのことを思考しながら周囲を観察した彼は、怪しげな物を一つ、見つけ出した。


 木造の巨大な倉庫の中にある、石造りの立方体。


 見るからに不自然なその立方体には、厳重に鍵の掛けられた武骨な鉄の扉が一つ、備え付けられていた。


 しかも、扉の前では二人の兵隊が見張りを行っている。


『よし……とりあえず、状況の把握は完了。まず初めにやるべきは……』


 周囲で武器の準備を急ぐ兵士達。


 見張りをしている兵隊二人。


 考えうる障害を、いかにして排除しようか。


 手にした弓の弦を丁寧に張り直しながら、ゲイリーは思考を巡らせた。


 そして、作戦を構築し終えた彼が、今まさにその作戦を実行に移そうと立ち上がった瞬間。


「全員集合! 直ちに倉庫前に集まれ!」


 倉庫の入り口の方からそのような号令が聞こえてきた。


 流石にその指令を無視して身を隠すことは困難に思われたため、彼は一旦倉庫前へと向かって移動する。


 キビキビとした動きで集められた兵隊たち。


 その中に紛れ込んだゲイリーは、誰が集合の指令を出したのかを理解する。


「よし、集まったな。あらかじめ想定した通り、迎撃作戦を展開しろ。敵は東門。既にバーバリウス様も現場へ向かわれている。貴様らは補充用の弓矢と火魔の壺を持ち、民家の屋根で待機しておけ。使用済みの火魔の壺は、各自で回収し、ここへ届けよ。よしっ! 動けっ!」


 そう号令を出したのは、左目に眼帯をしている男、トルテだ。


『なぜこいつがここにいる? 仕方ない……』


 即座に準備を始めた兵隊たちに混じり、作業へと戻ったゲイリーは、倉庫の中で指示を出し始めたトルテを盗み見て、舌打ちをする。


『やるしかないか』


 リスクは増えたが、何もしないわけにはいかない。


 腹をくくったゲイリーは、火魔の壺を整備している兵隊たちの元へと赴いた。


 そして、壺の整備に手こずっている兵士に語り掛ける。


「悪い、二つほど貰っていいか? あいつに頼まれたんだ」


 そう言いながら俺は、少し離れた場所で弓の整備をしている一人の兵士を指さした。


 もちろん、完全なでたらめだ。


「ん?」


 その兵士は、俺が指さした適当な兵士をチラ見すると、面倒くさそうにうなずいて見せた。


 許可を得た俺は、整備の終わっている壺を二つほど手に取り、その場を去る。


 その際、さりげなく、まだ整備の終わっていない壺に触れて、壺の魔法を発動させた。


 火魔の壺は熱魔法に反応して、その熱を増幅し、大きな火球を作り出す魔法具だ。


 当然ながら、一つの火魔の壺が反応すれば、他の壺も反応するわけで、小さな火種が連鎖的に大きく成長してゆく。


 背後でボヤ騒ぎが発生したことを耳で聞きながら、そそくさとその場から離れたゲイリーは、人目のない物陰へと身を隠した。


『よし、今のところ見つかっていない』


 極限まで気配を消した彼は、石造りの立方体の後ろ側に回り込んだ。


 これでトルテとゲイリーは、立方体を挟んで対角の位置関係になったため、完全に死角に入り込めたことになる。


「あとは……」


 小さく呟いたゲイリーは、手にしていた火魔の壺に熱魔法を発動しながら、石造りの立方体に歩み寄った。


 そうして、発動している火魔の壺を、立方体に押し付ける。


 焔幻獣ラージュが炎を司る幻獣である以上、その動きを封じるために用いられる術は限られるだろう。


 例えば、水に水没させる。あるいは、冷気にさらし続ける。


 そうでもしないと、あの怪物を抑え込むことは難しいはずだ。


 そして、この立方体が石造りであるということ。


 深く考えるまでもなく、ゲイリーはこの立方体がどのような目的で作られたものなのかを、正確に見抜いていた。


「耐熱か……だとしても、限界があるはず」


 この立方体の中がどうなっているのか、彼は知らない。


 恐らく、何らかの魔法具で、焔幻獣ラージュに冷気を当て続けているに違いない。


 だとするならば、外部から熱気を送ることで、ラージュ自身が封印を解くように促すことは可能。


 ゲイリーはただ、小さな火種だけ準備すればいい。


「足りたみたいだな」


 押し付けていた火魔の壺が発する熱気で、あふれ出してくる汗を拭った彼は、ふと顔を見上げて呟いた。


 そして、すぐに二~三歩後退した彼は、赤々と輝きだしている壁を見上げる。


 ゆっくり、しかし確実に壺を押し当てていた周辺が赤みを帯びているのだ。


 その壁が徐々に黄色く、そして白く輝きだした直後、石造りの立方体の全体が一瞬にして真っ赤に染まった。


 どろどろと溶け出すその立方体を見届けたゲイリーは、倉庫の入り口に向けて走り出す。


 その姿をに変化させながら。


 多くの兵士が慌てふためき、トルテが怒りの形相でゲイリーを指さしたその時。


 周囲が闇に閉ざされた。


 ヴァンデンスが作戦通りにやってのけたのだろう。


 そのことを考えた彼は、ふと思い出したように背後を振り返る。


 視界の先にいるのは、どろどろに溶けてしまった石のど真ん中で、直立している巨人。


 メラメラと燃える黄色い体毛が印象的で、幻想的な生物だ。


 一瞬、時が止まったかのような感覚に陥った彼は、非常に短い時の中で、その巨大な幻獣と視線を交わした。


 途端、焔幻獣ラージュはその目を見開き、雄たけびを上げる。


 響き渡ったその雄たけびには、胃に響くような重圧だけでなく、肌を焦がすような熱気も、籠っていた。


 叫び終えた焔幻獣ラージュは躊躇うことなく一歩を踏み出すと、ゲイリーを睨みつけながら走り出す。


 否、正確には、バーバリウスの姿に化けたゲイリーを追って、走り出したのだった。

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