第60話 貸し一つ
「血を……集めてた……?」
言葉を失った俺の隣で、ザックが
彼の言葉を肯定するようにニヤけている女が、更に何かを告げようと口を開いた時。
刺客の一人が宙へと飛び上がった。
小さな剣を携えているその刺客は、飛び上がると同時に剣を振りかざすと、勢い任せに女へと切りかかる。
鋭く響く風の音が、女の胴を横薙ぎに裂こうとするが、女はその攻撃を軽々と避けてしまう。
続けざまに切りつけられる斬撃をも、全て華麗に躱してしまう女は、どこか楽しげにも見えた。
「ニッシュ! 来るわよ!」
頭上で繰り広げられる闘いに目を向けてしまっていた俺に向けて、シエルが叫ぶ。
彼女の声を聞いた俺は、咄嗟に魔法を発動させ、突っ込んで来る刺客の足止めに専念した。
足元から飛び出る土砂の槍を、大きく跳んで避けた刺客は、勢いのまま、俺の懐に着地する。
着地の反動を上手く利用して、もう一度飛び上がった刺客は、俺の首元にナイフを突きつけてくる。
対する俺も、その様子をただ見ていたわけでは無く、がむしゃらに右腕を前に突き出した。
刺客のナイフが俺の首筋に当たる直前、俺の右手の先端が刺客の左肩に触れたかと思うと、刺客が勢いよく後方に吹き飛んでゆく。
「っ! っぶねー! もう少しで殺られるところだった……。どうだ、そうやって吹っ飛ばされるのは痛いだろ? 痛いはずだ。俺は何度も経験してるからな」
吹っ飛んでゆく刺客に対して軽口を投げつけた俺は、ふぅ、と息を吐きながら、額の冷や汗を拭う。
ちなみに、突進を仕掛けてきた刺客は、降参を促して来ていた刺客その人だ。交渉するつもりなのか、殺すつもりなのか、ハッキリして欲しい。
「軽口叩いてる場合? 集中しなさいよ!」
「んなこと言われても、今の話を聞いて冷静に入れるわけないだろ!?」
「それがあの女の狙いだったらどうするのよ! まぁ、気持ちは分かるけど」
「だよな。まぁ、とにかく。ありがとなシエル。今のは本当に助かった」
頭上を飛ぶシエルに言葉だけで礼を告げた俺は、眼前で身構えている刺客達に目を向ける。
奥の方で転がっている刺客を含めると、眼前にいる資格は全部で4人。
頭上で女に切り掛かっている刺客を合わせれば、全部で5人と言うわけだ。
「結構厳しいな……こいつらがどんな魔法を使って来るか分かんねぇし」
「ウィーニッシュさん、私たちが先に突っ込みますので、一人ずつ各個撃破していってください」
「は!? ちょ、ザック! 待て!」
俺の制止を振り切るように一歩を踏み出したザック達5人は、手にしていた槍を前に構えながら、刺客達に突っ込んでいった。
デタラメに振り回されるそれらの槍を、刺客達は軽々と弾いて見せる。
後ろから見ているだけでも、戦闘能力の差は一目瞭然だ。
「無茶するなよ!」
叫びながら飛び出した俺は、両の掌にポイントジップを思い描きながら、乱闘の渦中に飛び込んだ。
飛び込んだと同時に、すぐ右隣でザックが突き出した槍が、刺客の左脇を掠めて空振りする。
攻撃を空振りして体勢を崩したザックに、とどめを刺そうとナイフを振り上げた刺客は、俺と視線が合ったことで目を見開いた。
刹那、間髪入れずに伸ばされた俺の右手が、ザックの突き出した槍に触れる。
触れたと同時に発動したポイントジップによって、ザックの持っていた槍が、刺客の胴を横薙ぎに裂く。
「がはっ!」
ナイフを振り上げたまま膝から崩れ落ちていく刺客を横目に、俺は地面を蹴って左に跳んだ。
跳びながらも右手から伸びるラインを思い描いた俺は、躊躇することなく右の拳を握り込んでジップラインを発動する。
そうして、勢いに乗った俺の拳は、妨げのないまま、左隣で戦っていた刺客のこめかみに吸い込まれていった。
俺の拳を頭部に受けた刺客は、更に左奥にいた刺客をも巻き込んで吹っ飛んでゆく。
その様子を眺める暇もなく踵を返した俺は、目にした光景を前に、足を止めざるを得なかった。
「それ以上動くなよ? ウィーニッシュ。こいつの命が惜しいだろ?」
「くっ……」
踵を返した俺が見たのは、首にナイフを突き立てられているザックの姿。
ナイフを突き立てているのは、俺に降参を促していた刺客だ。
「さて、これで大人しく話を聞いてくれるだろ?」
勝ち誇ったように告げる刺客を睨みつけるしかない俺が、怒りに任せて声を張り上げようとしたその時。
ドサッという音と共に、ズタボロになった刺客の遺体が、空から落ちてきた。
丁度、乱戦の中心に落ちた遺体に集まった全員の視線が、自然と上空に登って行く。
俺の視線が宙に浮く女の姿を捉えたのとほぼ同時に、地上に立っていた刺客が全員、声を上げずに倒れていった。
何が起きたのか分からないが、一つ分かっていることと言えば、刺客が全員、首元から大量に出血しているという事だけだ。
「何がっ!?」
四つん這いになり、喉元を抑えながらそう叫んだザックの言葉に応えるように、女がゆっくりと降下しながら呟く。
「貸し一つ……いや、菓子一つ、だったっけ?」
微笑みを浮かべたまま地面に着地した女は、俺に向かって歩き出したかと思うと、更に言葉を並べ始めた。
「聞いたよ。菓子一つねぇ……。そのあとアンタは、母親を人質に取られたんだって? こいつらのやり方はいつもそうだ。なぁ、モノポリーに来いよウィーニッシュ。そして、アタシらと一緒に、こいつらを皆殺しにしよう」
俺一人に語り掛ける女は、倒れている刺客のすぐ傍で立ち止まったかと思うと、おもむろに、刺客の頭を踏みつけにした。
途端に、女は浮かべていた微笑みを薄め、表情を強張らせていった。
みるみるうちに広がって行く血だまりの中、立ち尽くす女のその姿に、俺は怖気を感じながらも、口を開く。
「な、何を言ってんだ? モノポリー? 皆殺し? どういう事だよ」
「アタシらはモノポリー。バーバリウスに復讐するためだけに集まった仲間だ。アンタらも、あのクソ野郎に恨みがあるなら、アタシらの側に来い」
「復讐……!?」
呆然と話を聞く俺の傍に浮かんでいたシエルが、小さく呟いた。
「今見たとおり、アンタらは今のままじゃ、もう一度同じ目に合う。誰かを人質に取られて、全てが元に戻っちまう。そうなる前に、アタシらと一緒に、こいつらを皆殺しにしようって話だ」
「……断ったら?」
俺は恐る恐る、そう尋ねてみた。
モノポリーという組織がバーバリウスへの復讐を目的に動いているのだとするなら、間違いなく、あの傷の男が関わっているだろう。
だとするなら、俺がこの提案を受けるのは二度目のはずだ。
なぜ今更?
という懸念もあるが、それ以上に、あの日屋敷で見た兵士の遺体を俺は思い返していた。
そして、目の前に横たわっている刺客の遺体と、それを踏みつけにする女の姿。
「別に構わない。ただ、敵対する場合、殺す対象に含まれるってだけだ」
淡々と返す女の言葉を聞いて、俺は大きく息を吐くと、目を閉じた。
そして、小さく告げる。
「一度、そのモノポリーのリーダーと話をさせてくれ」
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