第143話 二人の前のイルミネーション


       3


「ウワーオっ!」


 小夜の歓声が暗がりの中で聞こえた。小さな声だったが、隣にいる零央の耳にははっきりと届いていた。


 二人の目の前を無数のイルミネーションが彩っていた。

 正面には、暗闇を背景にして屋根や壁面を七色に彩られた大きな家が並んでいる。近くには光の花畑があり、垣根までもが宝石のように光り輝いていた。見渡せば、光の粒で構成された図柄や動物が闇の中に浮かび上がり、飾り立てられた木々が光を発しながら立っている。賑やかで美しく、きらびやかな光の共演だった。そうした光の渦に照らされながら多くの人々が練り歩いていた。

 千葉所在の外国の名を冠したレジャー施設に二人は来ていた。時は夕刻。肌に冷気の絶えない時節柄、既に暗闇は濃かった。


 …やっぱり、来て良かったな。


 小夜の反応に手応えを感じた零央は思っていた。

 今日も二人での銘柄探訪で、施設への来訪は余禄だった。誘うために何かいい材料はないだろうかと思案していたところ、施設の近くの街で一部上場企業の不動産事業者が高層マンションを売り出しているのを発見したのだ。きっかけは新聞の折込チラシだった。見た瞬間にひらめいていた。分譲マンションの見学を提案し、同時に遊びに誘った。気後れはなくなっていた。

 ただし、日程については一筋縄ではいかなかった。クリスマスの指定は明確に断られ、一週間早めの期日になっていた。


『ヤだ―』


 電話では見事なまでに直截に断られてショックを受けた。喜んでもらえると思い込んでいたので余計に堪えた。目まいさえした。続いた言葉ですぐに立ち直った。


『―人が多いに決まってるじゃん』


 ああ、そういうことか。


 理解していた。小夜は人込みが苦手だ。


 …まだまだ、こっちの『さや』については修業が足りないな。


 痛感していた。

 もう一つの『さや』の方は順調だった。株の話だ。

 家電量販店での対話の後、零央は押し目での買いを見送っていた。見通し通りに上がった場合の利益は少なくなるが、リスクを小さくできると思えば悪くなかった。実際、手掛けた株は押し目をこなして上昇していた。それでも、不思議なほど悔しさは感じなかった。既に買い入れた分の利益は順当に増えているのだから何の問題も無かった。報告は小夜にもしてある。十二月に入ってからは父親への経過報告もあり、零央はトップだった。しかもダントツだ。悪かろうはずがなかった。


「やっぱ、歩いて正解! ね?」


 問う小夜に返事をし、零央は笑みを返した。

 この場所まで来るには交通の便が悪く、零央は珍しくハンドルを握っていた。国産のスポーツカーは大学入学を期に半ば無理矢理に買い与えられた物で、普段は乗らない。到着してすぐに、


『折角だから歩こうよ』


と小夜から提案があり、零央は朗らかに応じていた。実に小夜らしい、と思っていた。施設の中は車でも移動できる。


「ワハっ」


 腕を広げて小夜が歩き出す。零央も後に続いた。周辺は練り歩く人々で埋まっている。見失わないように注意して歩いた。

 今日の小夜は黒をベースにしたフェイクファーのハーフコートを着ていた。締まったウエストの下からフレアになったデザインだ。大きめな襟と袖口、裾は黒っぽいグレーで縁取られており、落ち着きと愛らしさが同居したようなアイテムだった。手には薄手の手袋をはめ、足元はロングブーツだ。コートとの間に僅かに素肌が覗く。手袋もブーツも黒色のために闇夜に溶けて見失ってしまいそうだった。

 そんな気遣いも知らぬかのように、小夜はイルミネーションを見上げながら器用に人の間をすり抜けて歩いていく。肌寒さを覚えた零央は革の手袋を外し、スタンドカラーのロングコートの襟元のボタンを留めると緩やかに後を追った。

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