第139話 小夜のおねだり
…やっぱり、現金が多いな。
巡り歩いた印象だった。決済の現状に沿い、この店でも同様な様子が見られた。現金でのやり取りの中にクレジットや電子マネーが混ざっている。中には変わった出来事もあった。QRコードで払おうとしたお客の読み取りがうまくいかず、支払いを現金に切り替えた場面に出会ったのだ。スマホの画面に不具合でもあったのかもしれない。
…読み取りは、現金以外の支払い手段全般の課題だな。
懐疑的な感想を零央は抱いた。
現金なら直接のやり取りなので、こうした状況は生じない。現金以外の支払い手段では間に媒介を挟むため、うまく機能しないと支障が生じるのだ。零央にはクレジットで似た経験があり、IC付きのカードを使用しようとして暗証番号を受け付けてもらえなかったことがあった。店員からICに不具合があるとの説明を受けてカード会社に連絡して修復したが、安全のための機能が不便を招く場合も世の中にはある。
…でも、今現金が多いってことは、将来の減少を意味するわけだ。
決済の先行きには零央は明るみを見ていた。区切りのついた時点で小夜に声をかけた。
「お手間をかけて、すみませんでした」
「結論、出た?」
「はい」
「んじゃ、次ね」
妙に嬉しそうな口調で小夜が言い、デパートの売り場のある方向を指差した。
フロアは繋がっているため、二人は階を変えずにそのまま移動した。スマホ本体やアクセサリーの置いてある狭い通路を使って移動した場所には婦人服や肌着、ナイトウェアが置いてあった。品揃えのせいもあって女性専用とでもいった雰囲気があり、零央には微妙に居づらいものがある。唐突に小夜が声をあげたのは、ナイトウェアのディスプレイの前だった。
「あ、これ欲しい!」
マネキンを指差し、顔を振り向けた小夜の表情はにこやかだった。一瞬、零央は呆気に取られた。
購入の催促が理由ではなかった。これまで、小夜は金銭の負担に対して慎重だった。なのに、あまりに無邪気におねだりされたので受け入れに時間を要したのだ。小夜は同じ姿勢と表情で立っている。事態を理解した零央は明るく応じた。
「承知しました」
望むところだった。元々、銘柄探索に要する費用は負担する約束だ。小夜に対して好意も示せる。これこそ零央の願っていた展開だった。
小夜の指し示した品はヘッドの無いマネキンが着ていた。色は黒で、光沢のある起毛素材のルームウェアだ。毛は細密で肌触りが良さそうだった。上着はフードが付属しており、フロント部分はジッパーになっている。両のポケットには形に沿って紋章状のブランドマークが刺繍してあった。スポーツウェアのような形をしているのでそのまま外に着て出られそうな品だった。
ブースの前側に据えてあるマネキンは足を大きめに広げ、両手を腰に当てたようなスタイルで立っている。白を基調とした店舗に色がよく映え、胸を張ったマネキンは目立っていた。左脇の大きな銀色のワゴンに他のカラーと共に商品が並んでいる。ワゴンの左隣にはオーソドックスなデザインのシルクのパジャマも展示されていた。色はアイボリーだ。右腕を垂らし、左手を頬にやったような仕草のマネキンが着ている。ワゴンの左半分はこちらの商品で、桜色を加えた二つのカラーが列を成していた。
面白いな。
好対照なアイテムとポーズの組み合わせは好奇心を刺激した。もう一方の品の胸のポケットにも同様の刺繍があるところから同じブランドと分かる。零央はシンプルにプラスの印象を抱いた。
「ちょっと時間をかけてもいいですか?」
「? いいけど?」
承諾を得ると、商品を手に取って零央はブースに足を踏み入れた。小夜も続く。
購入の意思を伝えた零央は、次いで製造している会社について尋ねた。聞き覚えの無い会社名が店員からは出てきて、株式も上場していないようだった。必要な情報を得た零央は会計を済ませた。自身の決済方法はクレジットだった。
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